著者 : 佐伯一麦
季節の風物とともに描く家族の絆の物語。-いま息子が望んでいることを、はなからそれは無理というものだ、と諦めさせたくはなかった。ずっと中学校を登校拒否していた瞬が、引きこもっていた家を出て、社会へと足を踏み出そうとしたことはよかったではないか、と斎木は信じたかった。-草木に囲まれ、野鳥のさえずりを聞きながら暮らす小説家の斎木と奈穂の夫婦。あたたかいご近所さんと交流しながら平穏に暮らすふたりのもとに、斎木の先妻との子が家出したという知らせが舞い込んできた。家庭に大きな不満を抱く息子に寄り添い、離婚以来ほとんど会うことがかなわなかった息子との絆を取り戻すことはできるか…。第31回大佛次郎賞に輝いた名作私小説の後編。
里山の日常を繊細に描いた私小説。-もし、名前を知らなかったら、それらは単なる草花であり、木であるだけで、風景の中に埋もれてしまっていることだろう。目の前にあったとしても、特別気に留めないでいることだろう。だが、一度注意して名前を覚え知ったものは、風景から浮かび上がって、こちらに飛び込んでくる。-東北のとある里山に暮らす、小説家と草木染作家の夫婦。すぐそばで新しい鉄塔の建設が進むなか、夫婦を取り巻く人たちの日常が、季節の植物や鳥のさえずりとともに、丁寧に綴られていく。第31回大佛次郎賞に輝いた、佐伯一麦の等身大の物語。
性悪な英語教師をブン殴って県下有数の名門進学校・I高を中退した17歳の斎木鮮は、中学時代の恋人だった幹とアパートで一緒に暮らし始める。幹もまた父親の分からない子を産んだばかりで女子高を退学していた。さまざまな世間の不条理に翻弄されながらも肉体労働での達成感や人間関係の充足を得て徐々に人として成長していく鮮ー。幼少期に性的悪戯を受けた暗い過去や、母親との不和による傷に苦しみながらも鮮は一歩ずつ前へと歩みを進めるのだった。第4回三島由紀夫賞受賞作品で解説を文芸評論家の池上冬樹氏が特別寄稿。
「あの日」から四年。青葉木菟の啼き声や合歓の香り、月の満ち欠け。移りゆく自然とめぐり来る季節が、さりげなく前を向かせてくれるー。東北地方に住む作家の早瀬と染色家の柚子、夫婦のある一年を描く。
南條拓は一家で古河に移ってきた。緘黙症の長女、川崎病の長男の療養を考えてのことだった。技術に誇りを持っていた電気工の職を捨て、配電盤の製造工場で新たに勤めはじめた。慣れぬ仕事を一つずつ覚えていく。人間関係を一つずつ作っていく。懸命に根を張ろうとする拓だったが、妻との仲は冷え切っていた。圧倒的な文学的感動で私小説系文学の頂点と絶賛された最高傑作。伊藤整文学賞受賞。
十代で捨てた家だった。姉も兄も寄りつかない家だった。老父は心臓病を患い、認知症が進む。老母は介護に疲弊していた。作家は妻とともに親を支えることになった。総合病院への入院も介護施設への入所も拒む父、世間体と因襲に縛られる母。父の死後、押し寄せた未曾有の震災。-作家は紡ぐ、ただ誠実に命の輪郭を紡ぎ出す。佐伯文学の結実を示す感動の傑作長編。毎日芸術賞受賞。
染色家の妻の留学に同行し、作家はノルウェーに一年間滞在した。光り輝く束の間の夏、暗雲垂れ込める太陽のない冬、歓喜とともに訪れる春。まっさらな心で出会った異郷の人々との触れ合いを縦糸に、北欧の四季、文学、芸術を横糸に、六年の歳月をかけて織り上げられた精神の恢復と再生のタペストリー。野間文芸賞受賞作。
新聞配達の早朝の町で、暗天に閉ざされた北欧の地で、染織家の妻と新たな暮らしを始めた仙台の高台の家で、そして、津波に耐えて残った小高い山の上でー「私」の実感をないがしろにしない作家のまなざしは常に、「人間が生きていくこと」を見つめ続けた。高校時代の実質的な処女作から、東日本大震災後に書き下ろされた短篇まで、著者自ら選んだ九篇を収録。
高校生のとき親に対する反発から家出同然で上京したこともある光二だが、認知症で介護が必要となった父、そして家と、向き合わざるをえなくなる。さらに父の死後、東日本大震災が発生し、家を失った多くの人々を光二は眼のあたりにする…。喪われた家をテーマに著者が新境地を拓いた長編小説。
男の子には突破しなければならない関門がある。一人寝、おつかい、メンコ勝負、補助なし自転車、クロールでの25メートル、親友とのケンカ、淡すぎる恋…。宝物は秘密基地に隠していたあの頃、風の声が聞こえたあの時代、川も杜も空き地もみんな友達だった。同じ一瞬などない、日々、脱皮していく少年というはかなくも美しい季節を叙情豊かに紡ぐ感動の名品47編。
若くして父となったかれは生活のため配電工となった。都市生活者の現実に直面するうち三人の子供の父となり、妻はすでに子供たちのものになってしまった。今日も短絡事故(ショート・サーキット)が起こり、現場にかけつけるー。野間文芸新人賞受賞の表題作に、海燕新人文学賞受賞のデビュー作「木を接ぐ」をはじめ、働くということ、生きるということをつきつめた瑞々しい初期作品5篇を収録。
広瀬川流れる杜の都・仙台。この町に生まれ、上京して、現代で最も真摯に「私小説」を追求する作家となった著者が、故郷に戻り、みちのくの山や川を訪ねる。面白山、秋保、定義、琵琶首…川づたいの土地に息づく人々の営みを、成熟した眼と卓抜な文章で描く、連作形式による長編小説。
狂気と正気の間を激しく揺れ動きつつ、自ら死を選ぶ男の凄絶なる魂の告白の書。醒めては幻視・幻聴に悩まされ、眠っては夢の重圧に押し潰され、赤裸にされた心は、それでも他者を求める。弟、母親、病院で出会った圭子ー彼らとの関わりのなかで真実の優しさに目醒めながらも、男は孤絶を深めていく。現代人の彷徨う精神の行方を見据えた著者の、読売文学賞を受賞した最後の長篇小説。