著者 : 加賀乙彦
本能寺の変と明智討伐。禁教令を布く秀吉への高槻城開城。前田家に身を寄せた後、家康からの国外追放。戦国の世に“清廉にして智の人”として刻まれるキリシタン大名・高山右近。すべてを捨て、信仰を貫いたその生涯を渾身の筆致で描く。カトリック教会「福者」に列福した殉教者の揺るがざる魂とは。
キリシタン迫害が激化する江戸初期、大分でキリシタンの両親のもとに生まれたペトロ岐部カスイは、エルサレムを目指す。ある時は水夫として海を往き、またある時は駱駝曳きとして隊商に雇われ砂漠を踏破する。それはイエスの奇跡を実感するため、聖書ゆかりの土地を巡礼する旅であった。五年をかけて、ペトロ岐部はついにローマに辿り着き、イエズス会の司祭となる。そして、宣教のため、死の危険が待つ日本を目指し船に乗った。真の殉教者の生涯を描き、信仰の最奥に迫る壮大な物語。構想三〇年、著者のライフワーク書き下ろし小説。
悠太は幼いころから憧れていた千束と結婚、かねての念願だった作家としてのデビューを果たす。その一方で、父、母があいついで亡くなり、さらに桜子の息子武太郎が自らの出自に疑念を抱いて自殺する…。激動の七〇、八〇年代が描かれる自伝的大河小説シリーズ第四部。
悠太もいまや六十代半ば、娘・夏香は父親が神戸で町工場を経営する青年と結婚し、息子の悠助もプロのピアニストを目指し始める。ところが、阪神大震災と地下鉄サリン事件が二人の運命を大きく変える…。昭和初期から世紀末までの波乱の時代と一族の歴史を描く渾身の自伝的大河小説完結編。
インド、ゴアに過ごすフランシスコ・ザビエル。彼の最後の願いは、中国への布教を行うことだった。しかし、その前には幾多の試練が立ちはだかる-。中国大陸を目前に、サンチェン島で没したザビエルを、アントニオ、フェレイラ、そして日本に残してきた弟子・アンジロウとともに描いていく。聖ザビエル、その人の姿がもっともよくあらわれているといわれる晩年に焦点をあて、死者が生者と対話をする「夢幻能」の手法で書かれた新しい小説。
主人公・小谷四太郎は六次郎、八三郎、十二四郎という男ばかりの四人兄弟の長兄。明治生まれの両親の死後、兄弟たちそれぞれの家庭に数々の問題が起こった。それは他人から見ると一見平凡で、どこの家庭でも起こりうるような出来事だが、当の家族にとってはとてつもなく大きい。そんなある日、四太郎は重大な決心をした…。生きがいのある老年の物語。
20世紀のほとんどを生きた、私たちと同時代の作家野上弥生子(1885-1985)。『真知子』『迷路』『森』などの骨太な長篇小説でしられる野上弥生子は、また、克明な観察力と鍛えぬかれた描写力による確かな人間造形が際立つ、練達の短篇作家である。「或る女の話」「哀しき少年」「明月」「狐」など、秀作7篇を編年順に収録。
幸せな花見の後、天木家を不幸が襲った。主の有作が交通事故で脳死となったのである。精神科教授であり、敬虔なクリスチャンであった彼は、死後の臓器の提供を書き残していた。妻の蝶子は遺志を継ぎ、胸部外科蒲生助教授に申し出た。覚悟を決めた蒲生は、瀕死の心臓病患者に、密かに移植手術を行った。
手術は成功し、重症者を蘇生させたが、蒲生と蝶子は、厳しい闘いに直面した。移植反対派の抗議、マスコミの取材、身内の反目等が渦を巻き、「死」の認定をめぐって緊迫する。-脳死を死と認める立場から、死者の贈り物が他の人を生かし続けて、切実な共生の喜びとなる様を描く、愛と救済の長編小説。
省治は、時代の要請や陸軍将校の従兄への憧れなどから百人に一人の難関を突破し陸軍幼年学校へ入学する。日々繰返される過酷な修練に耐え、皇国の不滅を信じ鉄壁の軍国思想を培うが、敗戦。〈聖戦〉を信じた心は引裂かれ玉音放送を否定、大混乱の只中で〈義〉に殉じ自決。戦時下の特異な青春の苦悩を鮮烈に描いた力作長篇。谷崎潤一郎賞受賞。
「あす、きみとお別れしなければならなくなりました」死刑囚楠本他家雄は、四十歳の誕生日を目前にしたある朝、所長から刑の執行宣告を受ける。最後の夜、彼は祈り、母と恋人へ手紙を書く。死を受容する平安を得て、彼は翌朝、刑場に立つ…。想像を絶する死刑囚の心理と生活を描き、死に直面した人間はいかに生きるか、人間は結局何によって生きるのかを問いかける。
心理療法士の牧子は、失恋の痛みを忘れるために喧騒の東京を離れ、北海道の東の果て、森と湿原と海に囲まれた病院に勤務した。ギャンブル好きの一風変った寛大な堂福院長の開放病棟で、牧子は意欲的に働き、青年漁師の洋々との出会いに生きる喜びを再び全身に感じた。しかし、幸福な愛の時も束の間、海が彼の命を奪う。安らぎを求め強く生きようとする若い二人の純愛を描く長編。
幼い頃からフィギュアスケートに賭けてきた美也子は、いま大学生となって全日本選手権をめざしている。トリプルジャンプのための減量。恋人との葛藤。そして〓@50FCじていく拒食症。少女がであう、身体と精神と感情の揺れをみごとに描いた人間ドラマ。
エリート商社員と夫と有名私立小に通う息子とくらす奈々子。息子のいじめと無関心な夫、隣人とのやりきせない人間関係の中で幸せなはずの家庭に忍び寄る官能の嵐、そして崩壊。繁栄の時代の影を浮き彫りにする異色の長篇。
死刑判決に対する控訴を拒否し、刑の執行を望む村井晋助。監獄医中川らの目から見ると、彼は拘禁ノイローゼによる被害妄想のように思われる。しかし愛人菊江の目にはまた別の姿が…。“死”を欲する彼の真意はどこにあるのか。やがて訪れる主人公の意外な終末。死刑囚と監獄医の葛藤を描いた表題作の他、刑務所を看守の目から描いた「制服」、孤独な死刑囚の独白「夜宴」の2作を収める。