著者 : 大庭みな子
アメリカ最北端の町で繰り広げられる人間ドラマ。-彼等はみんなその祖先に流れ者の血を持っているので、流れ者に対して寛容であり、理解もあった。-命からがらの逃避行でロシアから逃れ、中国、そしてアメリカ最北端へと流れ着いたマリヤ。マリヤの飼う4頭のシベリア犬に飼い猫を殺されたにもかかわらず、友人づきあいをするアヤ。そのアヤは、前夫との子を連れ日本に一時帰国するが、元夫とはやはり心を通わせることができず、親子ともどもさみしい思いを抱いてアメリカに戻る。アヤとも知り合いのカルロスはスペイン、中米から自作のヨットで漂着し、そのまま居着いてしまった印刷屋の主人。ある日フェリーでやってきた東洋系の女性と知り合うが、彼女もまた、韓国系の母親と日本人の父親を持つ“漂流者”の一人だったー。第14回女流文学賞を受賞した名作長編。
日本の女子教育の近代化に生涯を捧げ、新五千円札の肖像画に選定された津田梅子(1864〜1929)。満六歳だった梅子は、日本最初の女子留学生として岩倉使節団に随行して渡米、十一年間米国に暮らす。後年、梅子が創設した津田塾大学(女子英学塾)の倉庫から、おびただしい数の手紙が発見される。それは梅子と、留学先の里親アデリン・ランマンとの往復書簡の束であった。完全にアメリカナイズされた自身と日本文化とのギャップ、開明的な政治家・伊藤博文一家との交流などが生々しく記された手紙の真意を、津田塾大学出身の著者が自らの渡米経験も踏まえて読み解いていく。第42回読売文学賞(評論・伝記賞)を受賞した傑作評伝。
日本初の女子留学生としてアメリカに11年滞在し、帰国後は日本の女子教育に身を捧げた津田梅子。彼女が日本で何を見て何を思い、行動したのか。彼女が創設した津田塾大学で発見された膨大な量の手紙を紐解きながら、その生涯を追いかける。
異国に暮らす由梨は、夫と自分双方の浮気相手が集うホームパーティーに参加する気になれず、ひとりで外出してしまう。遊園地の民芸館で知り合ったアメリカ男に誘われ、海辺のドライブについて行き、そこで男は、赤いネオンが点滅している宿「三匹の蟹」へ行こうと誘うのだった。果てしない存在の孤独感、そして愛の倦怠が引き起こす生の崩壊を乾いた筆致で描き出した「三匹の蟹」は第59回芥川賞を受賞。「三匹の蟹」以前に執筆された日本人女性留学生の青春への決別を描いた連作「構図のない絵」「虹と浮橋」も併録。
印刷機と鯨の音「フィヨルドの鯨」。十代最後の夏が終わる「ティーンエイジ・サマー」。晩年を生きる少女の揺らめき「晩年の子供」。幼なじみが騎兵姿で「夕陽の河岸」。泥道の邂逅、遊郭の記憶「七夕」。文学碑をめぐる解説書簡「十七枚の写真」。あの戦友や慰安婦たちは「セミの追憶」。私とスパイはバスで東へ「光とゼラチンのライプチッヒ」。夢の中の犬の匂い「犬を焼く」。電話の主は海芝浦へ行けという「タイムスリップ・コンビナート」(芥川賞)。現代文学を俯瞰する第四巻。
ドイツを中心としたヨーロッパ各地に伝わる昔話をグリム兄弟に語ったのは、数多くの女性たちだった。本書はグリム兄弟の残した物語の中から有名な十一編を選び、原書に基づいたお話を、高村薫、松本侑子、阿川佐和子、大庭みな子、津島佑子、中沢けい、木崎さと子、皆川博子という現代女性作家八名が語り部となり再話したユニークな一冊。十九世紀ヨーロッパでグリム童話の普及に一役買った「一枚絵」を中心に、十九世紀〜二十世紀前半に描かれた挿絵の数々も、ふんだんに掲載。さらに四名の文学者によるエッセイ、明治時代に日本語訳された「おほかみ」も収録。
幼なじみの万有子と泊は、ごっこ遊びの延長の如き微妙な愛情関係にあったが、それぞれの夫と妻の裏切りの死を契機に…。ふたりを軸に三世代の織りなす人間模様は、過去と今、夢とうつつが混じり合い、愛も性もアモラルな自他の境なき幽明に帰してゆく。デビュー以来、西欧への違和を表現してきた著者が親炙する老子の思想に触発され、生と性の不可解さを前衛的手法で描いた谷崎賞受賞作。
小説家の日記には素顔の魅力が覗くと言う。『オレゴン夢十夜』は、一見、日本文学を講ずる為にオレゴン州に滞在した“私”の日記という形を装う。滞在中の瑣事を書き、あらゆる感懐を述べながら、これまでの外国体験が物語られて時に夢とうつつが交錯し、そして幼時、両親、先祖への懐古へと遡ってゆく。小説家、詩人大庭みな子の底深い精神の原風景の幻。
時間の変幻と永遠相の虹のプリズムを通して綾なすさまを、旧知との交遊のはざまに見出して詩的に定着した『海にゆらぐ糸』連作(川端賞受賞)と、ひとのいのちの収斂するときをいとおしんで描く短篇一作と放送劇とを収録。
鬱蒼と樹木が繁る都心の高台にある古い屋敷に、父と娘と混血の美少年が住んでいる。桂子の亡くなった夫が気にしていた〈王女の涙〉の香りはそこの庭から放たれていた。一時帰国の桂子は、その香りと日本的な家屋の佇いにひかれて、この敷地内にある部屋を借りた。少年の父親は古井戸に身を沈め、娘の母親は自殺という痛ましい過去…。官能的で挑発的な匂いが誘惑する愛の悲劇。
夢と現実、太古と現代の境いを超えて、幽冥の宇宙をただよいさ迷う女と男…。寄る返ない悲しみを抱えながら、いまを生きる女の半生の性を「古事記」「老子」の世界を通して、生きとし生けるものの根源的な寂寥に重ね映す著者の代表作。
商社マンの夫を亡くし、20数年ぶりに帰国した桂子は、挑撥的な〈王女の涙〉の香りに誘われて都会の中の森の家に身を寄せる。そこは2人もの人間が不自然な死に方をした家だった。鬱蒼と繁る樹々の下で、古井戸の中で、何が起ったのか、起りつつあるのか?男と女、女と女、親と子の愛憎の渦に、桂子も巻きこまれてゆく…。