著者 : 山本周五郎
気丈で働き者のおせんは、おとなしく控えめな庄吉と、乱暴者だが闊達な幸太の2人から相次いで求愛を受ける。幼さゆえに同情と愛とを取り違え、上方に修行へ行く庄吉の「待っていてくれるか」という言葉を受け入れた彼女は、しきりに会いに来る幸太のことをすげなく突き放す。たいへんな大火事が起きたのはそんな時だった。おせんは病気の祖父をかばって逃げ遅れ、窮地を救ってくれた幸太は、火に追われ逃げ込んだ川の中で、濁流にのまれ命を落としてしまう。火事で一切の身寄りをなくしたおせんは、幸太と不義を働いたという根も葉もない噂で心身ともに追いつめられてゆく。追い打ちをかけるように、月日を経て再会した庄吉からも幸太との不義を疑われ、婚約破棄を言い渡されてーー。火事から町が復興し、柳橋がかけられるまでの日々に起きた、おせんという一人の女性の哀しくもたくましい愛の物語。他「生きる」ことへの悩みに真正面から向き合った『しじみ河岸』を加えた中編2作による名作集。
家のために働きづめ、その挙句倒れて死んでしまった大切な父。その時母は浮気相手と不義密通を働いていたーー。おしのが母をなじると、返ってきたのはおどろくべき言葉だった。「おしのちゃん、あなたの本当の父親はほかにいるのよ。」 母の不義を憎み、次々と母や、男たちに復讐を果たしながらも、不浄な血が流れている自身の存在に悩むおしの。最後の復讐相手、自分の本当の父親と直面したおしのがとった驚くべき行動とはーー。犯した罪をどうやって償うべきか。サスペンス仕立てで語られる、罪と罰の物語。
戦地へと向かった伊達軍、その留守を狙い、白石城は上杉の猛攻を受ける。主君・政宗の命は「攻撃を受けた際にはすみやかに岩手沢に撤退せよ」というものだったが、浜田治部介と家来五十一騎は、籠城に出る……。なぜ主君の命に背いて籠城をするのか。表題作「白石城死守」のほか、五篇を収録。命を賭して己の意義を貫く生き方を端正な言葉で描き出した傑作。 伊達軍の巧妙な戦術により、上杉から奪い返した白石城。しかし、政宗出征により手薄となった守りに際し、石田三成からの命は、「上杉からの攻撃を受けた時には、すぐに白石から撤退せよ」というものだった。 不満を持ちながらも命を受けた政宗は、その留守を浜田治部介に任せた。戦地へと向かった伊達軍、その留守を狙い、白石城は上杉の猛攻を受ける。 浜田治部介と家来五十一騎は、城を明けわたすことなく籠城に出る……。なぜ主君の命に背いて籠城をするのか。 表題作「白石城死守」のほか、五篇を収録。 命を賭して己の意義を貫く生き方を端正な言葉で描き出した傑作。 与茂七の帰藩 笠折半九郎 白石城死守 豪傑ばやり 矢押の樋 菊屋敷
小舟町の芳古堂に奉公する栄二とさぶ。才気煥発な栄二と少し鈍いがまっすぐに生きるさぶ。ある日、栄二は身に覚えのない盗みを咎められ、芳古堂から放逐されてしまう。自棄になった栄二は身を持ち崩し人足寄場へ送られるがー。生きることは苦しみか、希望か。市井にあり、人間の本質を見つめ続けた作家の代表作。
その街は、どぶ川の西側にあった。七棟の長屋と朽ちかかった物置のような家が五軒、あぶなっかしく建っている。「電車ばか」の六ちゃんは自分だけの市電を街へ走らせ、日雇い稼ぎの増田さんと河口さんは、ある日突然、妻が入れ替わり、右翼の寒藤先生は資金調達に余念がない…。あけすけで小意地は悪いがお人好しの、愛すべき人びと、吹き溜まりに塵芥が集まるようにしてできた街ー。そこで巻き起こる悲喜劇と、したたかに生きぬく人びとの姿を、限りない愛着と共感を込めて描く名作!
武士の身分を捨て、芸の道に生きることを決意した中藤冲也。手すさびの端唄の好評にもあきたらず、新作の浄瑠璃を書き上げて喝采を浴びるが、その成功は後ろ盾の金の力だと冷笑される。ならば、真に人々の心を打つ芸を究めてみせると、江戸での恵まれた暮しを捨て、身重の妻を置いて、浄瑠璃発祥の地、上方をめざすが…。己れの才を恃み、人生を芸に賭けた男の孤独な魂を描く傑作!
時代のうねりは、杉浦透と水谷郷臣に関わる女たちをも容赦なく巻き込んでいく。透が人知れず将来を誓ったなほ。親の取り決めで結婚したつじ。昌平黌の学友の妹で、旗本の娘ふく。郷臣が秘かに思いを交わす“黒子の人”。元芸妓のせん…。透や郷臣のみならず、彼女たちにもまた、苛酷な運命が待ち構えていた。杉浦透曰く、「単に生きて食ってゆくというだけでも、どんなにむずかしいか」混乱の時代に、何を為し、いかに生きるべきかを模索しつづける若者たちの姿を描く感動作!
江戸時代初期、染物職人の小伜から武士になる野心に燃え、江戸へ出奔した久米与四郎(由井正雪)は、楠木流兵学を学び、修業の旅の末に島原へ向う。その明晰な頭脳を武器に、一揆制圧に加わる浪人たちの衆望を集めた与四郎は、浪人隊を結成し幕府軍の先鋒として活路を見出そうとする。しかし、そこには狡猾な罠がしかけられていた…。久米与四郎(由井正雪)は心に刻む、「浪人だって人間だ、浪人だって妻子を食わせなければならない。たとえ人足をしても生きてゆかなければならない、それがいけないとしたら、いったいどうして生きていったらいいのか」支配権力への抑えがたい怒りを胸に、徳川のゆるぎない天下に挑んだ由井正雪の壮絶な生涯を描ききる歴史大作!第一部、第二部を収録。場面が迫る、“脚注”の力。新しい感動、新しい周五郎。
間一髪で島原を脱出した与四郎(由井正雪)は江戸に戻り、兵学塾を開く。世評は高く、門人は二千人に及んだ。一方、幕府の浪人統制はさらに厳しさを増し、農民として生きようとする人々さえも追いつめてゆく。虐げられた者たちを救う道はあるのか。正雪は起死回生の策を練るが…。由井正雪曰く、「自分だけが満足すればいいという生きかたは誤りだ、最も多数の人たちと幸不幸をわかちあってこそ、人間らしい生きかたといえるだろう」歴史の裏側に隠された慶安事変の真実を焙りだし、史料の隙間に“人間”を発見した傑作長篇!第二部、第三部を収録。押し寄せる感動ー“脚注”で読む、新しい山本周五郎。
幕府の御目見医になるために長崎遊学から戻った保本登は、小石川養生所の医長“赤髯”こと新出去定に呼び出され、見習医としての勤務を命じられる。強引な赤髯に反発し、療養施設での医療に戸惑う登だったが、一見乱暴な言動の裏に秘められた赤髯の信念を知り、貧しい人々と触れ合ううちに、しだいに真実を見る眼を開かれていく…。黒澤明監督による映画化でも知られる、医療小説の最高峰。底抜けに明るく、どこまでも善良なおしずを描く『おたふく物語』を併録。“脚注”で、さらに深まる物語の味わい。付録・主要登場人物一覧、地図。
江戸時代中期、老中田沼意次は金権政治家の汚名にまみれていた。田沼批判の戯文を書いて出頭を命じられた旗本の青山信二郎は、意次と対面し、その清廉な人柄に引きつけられる。しかし、失脚をもくろむ反田沼派の魔手はいたるところにのびていた。やがて、最愛の息子、意知が城中で斬りつけられ、意次は絶望の淵へと追いつめられてゆくー。田沼意次曰く、「たとえゆき着くところが身の破滅だとしても、そのときが来るまではこの仕事を続けてゆく、いかなるものも、おれをこの仕事から離すことはできない」田沼意次父子を進取の政治・経済改革者として大胆に捉え直し、従来の歴史観を覆した名作!経済小説の先駆でもある。
蕎麦切りの名人だったおそのは 不貞を疑われ追い出されて(「蕎麦切りおその」)。陶芸に目覚めた中年男の選んだ余生とは(「柴の家」)。女太夫が惚れた乞食侍はやがて花火造りに勤しむが(「火術師」)。想いを寄せる下駄屋の倅は彼女の気持ちに気づいてくれず(「下駄屋おけい」)。葛藤の末、己の作った草鞋が朗報を運んできた(「武家草鞋」)。日本一の刀鍛冶になるべく全てを捨てた男を待っていた悲劇(「名人」)。職人の技輝る、珠玉の落涙小説全六編。
江戸下町の若い表具職人、栄二は、器用で俊敏、将来を嘱望されていた。だが、ある日突然、無実の罪を着せられ、人足寄場へ送られる。陥れた者たちを呪い、自暴自棄になる栄二だったが、同じ職人仲間で何をやっても愚鈍なさぶの、ひたすらな友情に励まされ、少しずつ生きる勇気を取り戻していく。しかしそこにも、たちの悪い男が現れて…。厳しい試練に、必死で立ち向う若い男女の友情と愛を、切々と描いた逸品。
武士の生き様を描いた周五郎の短編傑作選! 昭和の文芸に不滅の業績を残した山本周五郎。短篇の名手と評された周五郎の作品を、新たな視点で編纂した傑作選第1巻。 隠し子をめぐる若侍の夫婦愛と友情を描いた表題作「青嵐」、おっとりとした武家の四男坊の日常をユーモラスに描く「ひやめし物語」、国元の改革に乗り込んだ若き武士の奮闘がすがすがしい「いさましい話」、安政の大獄に材をとり静謐感の中に武士の悲哀を漂わせる「城中の霜」、三千両輸送の大役を命ぜられた男の道中を描く「枕を三度たたいた」、余命数カ月を宣告された武士の壮絶な生き様と死に様「月の松山」、病身の若殿と型破りの家臣の少年の交情を描く「桑の木物語」の、武家ものの秀作7篇を収録した。 周五郎の描く武士は、決して特殊な生を生きる人々でなく、愛し憎み、時に過ちを犯しつつも懸命にその生を全うしようとする。その姿は、文壇的栄誉を拒み、つねに読者に向き合おうとした周五郎の人生に似て、今も我々の胸を打つ。