著者 : 木崎さと子
夫の赴任先のパリで借り受けた緋色の部屋には、縫い針が散乱し、死んだはずの持ち主の女を訪ねて、他人が入り込んでくる。このアパルトマンは怖い-。恐怖を覚えた私はかつての見合い相手に会い、暮らしに慣れていくが、その彼もまた、母親に心を壊された過去を語りはじめる。そして私の最愛の息子もまた…。母と子の悲劇が轟く長編小説。
地が滑り、地底に流れる水音が泥沼に誘うが如くに山奥にこだまする、愛と死、生の淵に刻むロマン。真宗王国北陸を舞台に壮大な構想で描く長篇。神隠しではないか-。行方不明になった幼女に、土地のひとの心は騒ぐ。二十五年前の地滑りで離散した山村に、一人残る老人。其処を訪ねる都会育ちの孫娘。その無垢の娘が惹かれる中年男性の思惑は-。日中戦争の傷痕が今なお、深く突きささるこの地に、混沌とした現代社会の歪みを、人間の罪と罰、情念の世界に焙り出す。
北陸の深い森につつまれた、大矢谷の神官の娘として生れ、ミッションスクールを卒業した三緒子は、都会でのサラリーマンの夫との生活を嫌悪して、故郷に帰る-。その特異な風土の中で、回生をはかる彼女は、異母弟への禁じられた愛に懊悩し、盲目の少年にひかれてゆく…。北陸の神域に棲むという化身はうつし身の女人に、情念の炎を宿させる恋・愛・罪のロマネスク。『沈める寺』に続く北陸を舞台に揺蕩う女心を描く。
終戦前後、日本人少女と中国人親子の交流を清冽に描き上げた加藤幸子氏の「夢の壁」。現実の事件を引金に自由な劇的空間を遊泳する唐十郎氏の「佐川君からの手紙」。無気力な弟を追憶しつつ生の儚さを追究した笠原淳氏の「杢二の世界」。非行に染まる女子高生に近づく優良女生徒の友情を通して揺るぎない人間観を明示した高樹のぶ子氏の「光抱く友よ」。診療を一切拒否して癌にたおれる叔母への心の揺れを丹念に追った木崎さと子氏の「青桐」。第88回ー第93回受賞作。
アルコール依存症患者のこの世のものならぬやさしさ、清らかさ。純粋な心ゆえに傷つき、苦しむ者がたどる克服へのみち。“社会の病”を魂のドラマにえがく問題の作品。他に、著者のふるさと中国東北部(満州)によせる『承徳の切り絵』『梅花鹿』を収める。
乳癌にかかりながら、一切の医療をこばんで、叔母は逝った。その死を受容する姿を見つめるうち、姪の心にあった叔母へのわだかまりが消えてゆく。そして、精神の浄化をおぼえる彼女におとずれたものは。1本の青桐が繁る北陸の旧家での、滅びてゆく肉体と蘇る心の交叉を描く魂のドラマ。芥川賞受賞作品。
由緒ある大寺の坊守りとして人々の尊敬を受ける祐子。その一人息子をめぐって起る、女子高校生と美貌の女祈祷師との恋の鞘当て。親鸞の説く「弥陀の願海」を常に心に図りながら、若者の恋争いにまきこまれるように祐子にも思わぬ試練が…。何時の世にも変らぬ煩悩を因襲と新時代との交錯の中に濃密に描く。