著者 : 李恢成
近代朝鮮に資本主義の萌芽はあったのか。朝鮮のブルジョア革命をめざそうとした金玉均とは何だったのか。若い時代から漠然と思考し続けてきた考えが、作家自身のなかで少しずつ増殖していたー。一九八〇年代、小説を書かなくなった趙愚哲は、物理学者・安淑伊との関係を妻・洪玉姫に打ち明け、別れを告げられている。家を出たものの離婚に踏み出せずにいるぼく愚哲は、三人の息子を気にかけながらも、民族文化運動「統一クッ」の公演、新しい雑誌「民濤」の創刊のために奔走する。
根生いの地サハリンへの旅と謎めいた盲目の姉の予言。あることで革命小説を書けなくなった愚哲は、西ドイツで亡命生活を強いられている人々の嘆きを知り、再起をめざすが、人生の新たな恋人との出会いを迎えることに…。地の民に投げかけられた罪と罰と生を問う永遠の小説。
共産党一党独裁が終焉を迎えつつあった一九八九年夏のソ連、在日朝鮮人の小説家・林春洙とルポライター・姜昌鎬は中央アジアを当局の招待で旅している。スターリン体制下の一九三七年、極東沿海州を追われ中央アジアに強制移住させられた「高麗人」たちを訪ねるのが目的である。二人は故国喪失者の哀切の日々を知るー日本語文学として、世界的視野での表現への挑戦が始まる。
ソ連崩壊前夜、故郷を追われた「同胞」の壮絶な体験を聞くために中央アジアを訪れた在日朝鮮人小説家・林春洙は西ドイツでの恋を思い出す。それは背徳の恋であり、祖国の分裂という問題が暗い影を落とす恋でもあった。政治の力に蹂躙された人々との出会いを経て、林春洙は民族、そして人間そのものに思いを馳せる。東西冷戦終結後の世界を見すえ、いち早くなされた文学的達成。
「千里馬の国」という「共和国ドリーム」の虚実と悲劇。在日留学生同盟と密航者の生と死、分裂する全学連との葛藤。交錯する光と闇を自らの生をとおして描き出した、戦後の新しい青春像。世界文学の地平に立つ、待望の大河小説。
やがて時は過ぎ幾つもの季節がめぐって、「私」がついに書きあげた神品(大傑作)は…。いつか必ず小説家として起つ日を夢見てきた在日朝鮮人の「私」が、老境に至って追想する情熱と矜り、そして挫折。サハリンで、ソウルで、サッポロで。「在日」であることの歳月を真摯に見つめて、「日本」に生きることの実相を浮彫りにする、四つの小説-。
青森港に降り立ったのは老若男女とりまぜて二十人ばかりの朝鮮人だった。ついこの前まで日本人としてカラフトに暮した彼らが、今は日本への不法入国者として故国へ強制送還されようとしていた。敗戦の日本を縦断する押送列車の一つ車輛の中で、しかし彼らの思いは決して一つではなかった…。混乱の時代の体験を基に、人間の諸相を根源から見つめ尽す記念碑的大作。野間文芸賞受賞。
祖国が分断され、まだ多くある差別の中で、若い青春を、本当の生きかたとは何か、を真摯に問いながら生きる群像。李恢成の初期中篇「われら青春の途上にて」「青丘の宿」ほか父親の死を契機に、対立し、相反する二つの組織が手を結ぶ僅かに残された“黄金風景”を描く「死者の遺したもの」収録。