著者 : 芝木好子
夫の恋人と称する若いモデルに対して、冷静にふるまい夫婦の愛情の危機を乗り越える年上の妻の心情「冬の梅」。戦争のさなか、隣家の若い人妻との秘められた青年時代の思いを回想する「十九歳」。やがてこの人生を去っていく老夫婦にとって、最後の秋のヨーロッパ旅行を私小説に仕上げた「ルーアンの木蔭」「ヒースの丘」など、人生の機微を淡々と綴った5編を収める短編遺作集。
築地の料亭“花巻”で働きながら、地唄舞いを心の支えにして生きている30歳の有紀は、日本画家の香屋雅伸と知りあい、香屋の妻の敵意と嫉妬をよそに運命的に結ばれた。激しく愛しあった10年の歳月、香屋は50歳の男盛りをガンに冒され、有紀を残してひとりで逝った。それから1年、有紀は、永遠に愛する男のために舞台に上がり、幽艶な女の情念を秘めて「雪」を舞う…。長編小説。
そのひとは、いつもなんの前ぶれもなしに現われた。日灼けした顔と、大きなからだからは房総半島の潮の香りがした。秋子は夫が戦死したあと、一人息子を育てあげ、仕事を続けてきた。月に一度、或はふた月に一度、二人は逢瀬を楽しんだ。そのひとと会った夜、息子に「潮風の匂いがする」と言われ、動揺する秋子。(「海の匂い」)表題作ほか、珠玉の八篇収録。
琵琶湖のほとりに嫁いで2年、家の重みと夫の背信から、子を連れ東京四谷へ帰る。心に残る“湖の美”の再現を夢み、新しい愛につつまれながら、染織の世界に生きる。精魂をこめて格調高く織りあげた傑作長篇。
六年の歳月が流れた。美子のフィアンセ矢吹義一が、結婚式を目前に義妹の杏子と出奔してしまってから。しかし美子の傷は癒えることがなかった。京都で再会した矢吹はすっかり痩せ、昔の面影はなくなっていた。…愛しくも哀しい男女の仲を描いた表題作ほか。女ごころの微妙な綾を細やかに描いた珠玉の七篇。
「あんなひどい男でも好きになったらどうにもならないのよ。自分で男を幸福にしようとか、立直らせようかと思っているのかもしれないわ。それともあんな乱暴をする男が可哀そうでたまらないのかもしれない」良人に捨てられても会いに行く久代、妻を亡くした子持の助教授と結婚するという絢子。愛しくも哀しい女の性を描いた表題作他8篇。
愛の波紋のさまざまを鮮やかに描く恋愛小説集。芸大で邦楽に打込む陽子は東京・築地川育ちの下町っ子である。先輩の新進演奏家との恋の行方を、青果仲買店「吉長」の暖廉に生きた祖父や、移りゆく町と人情への哀惜をこめて描いた表題作他、「舞台のあと」「青春の傷」「松の木の家」等、珠玉作9編を収録する。
結婚をめぐって揺れ動く女心をきめ細かに描き、高雅な香りあふれる短編小説集。忍ぶ恋に悔いのない生き方を想い、密やかな愛のなかで男の優しさを求める女の心情。“幻の辻ケ花”と呼ばれる家康着用の小袖を京都・南禅寺でかつての恋人と共に見る知左子を描く表題作など、現代の女の生き方を問う名品8編。
8年前、スイスの国境近い町で自動車事故にあった夫。車を運転していたのは日本人女性だった。その死に納得がいかないまま暮しに追われてきた祥子の胸に、男との逢瀬が安らぎと希望を満たしていく。表題作のほか「白萩」「変身」「隠れ谷」「双生」等を収録。揺れ動く女の心の襞を細やかに描き上げた名作集。
子供ごころに両親の不仲を感じとっていた瑶子は、父の愛情に育まれ、工芸デザイン科に進んだ。大学卒業と同時に母は弟をつれて家を出た。それから10年、父と娘の生活に終りがくる。複雑な過去をもつ彫刻家の作品に圧倒され、いつしかその男の生き方を愛した瑶子。父を捨てたように、愛する男から今捨てられようとしている…。愛情と芸術の間で、自立してゆく女流彫刻家を描く長編小説。