著者 : 菊池光
一年半前、ペンバートン大学の裕福な白人女子学生が殺害された事件で、凶暴な黒人少年エリスに容疑が掛けられた。州警察のミラー刑事が事件を担当し、当時次席検事だったリタ・フィオーレが新米弁護士マーシイ・ヴァンスに充分な弁護をさせず、エリスを有罪にした。そしていま、大手弁護士事務所に転職したリタが、スペンサーの事務所を訪れ、事件を調べ直してくれという。エリスの弁護人だったマーシイがいまもなお彼の無実を主張しているらしい。再調査のため現地へ赴いたスペンサーは、被害者の両親からも大学の関係者からも、もう解決した事件だからと冷たい対応を受ける。しかし調べていくうちに、被害者のボーイフレンドだった男がタフト大学テニス部主将で、両親が大金持ち、しかも初めは被害者のことを知らぬ振りをしたことから、スペンサーは疑念を抱きはじめる。どうもこの事件には複雑な背景があるようだ。一方、スペンサーは事件から手を引くよう再三脅迫を受ける。いったい誰の差し金か?そして、愛するスーザンにも自分にも警護をつけ、用心していたにもかかわらず、スペンサーはジョギング中に何者かの射撃を受け、瀕死の重傷を負ってしまう。
貴族の血を受け継いでいながら、ひとりスコットランドの山中で孤独な暮らしを続ける青年画家、アリグザンダー・キンロック。ある日、彼は自分の山小屋で待ちかまえていた四人の暴漢に襲われ、あやうく命を落としかける。闇雲に「あれはどこにある?」と脅されたあげく、わけのわからぬままに崖の上から突き落とされたのだ。事件が起きたのは、アリグザンダーが母の屋敷へ行こうとしていた矢先だった。ビールの醸造会社を経営している義理の父が、心臓発作に倒れたとの知らせを受けたのだ。全身の怪我をおして屋敷に赴いた彼は、義理の父の会社が倒産寸前であることを知る。経理部長が莫大な資産を横領して姿を消したらしい。しかも、会社が主催する障害レースの賞品である純金のカップも行方がわからない。会社の危機を救うべく奔走をはじめたアリグザンダーは、自分を襲った暴漢は横領事件に関係があるのではとの疑念を抱くが…。
落馬事故によって片腕となった元チャンピオン・ジョッキイ、シッド・ハレー。現在は競馬界専門の調査員となっていたが、放牧中の馬の脚を切断するという残忍な犯罪が連続して発生、かわいがっていたポニイを襲われた白血病の少女から、犯人を捜してほしいと依類される。だが、容疑者とした浮かび上がったのは、ハレー自身が犯人とは信じたくない人物だった。エリス・クイント-騎手時代のよきライヴァルで、私生活でもハレーの親友だった男。引退後は、テレビ・タレントとして国民的な人気を博し、誰からも愛される好男子だった。もちろんクイントは犯行を否定し、世間も彼が犯人とは信じなかった。かえって、恵まれているクイントを妬むあまり間違った告発をしたと、ハレーはマスコミからごうごうたる非難を浴びる。ところが、この執拗なマスコミの攻撃には、じつは裏があることが次第にあきらかになってくる…。『大穴』『利腕』につづき、不屈のヒーロー、シッド・ハレーが三度目の登場を飾る、アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞受賞作。
スペンサーのよき理解者で、二十年来の友人でもある、ボストン市警察殺人課のフランク・ベルソン部長刑事。その彼の若き新妻リーサが、ある日、何の痕跡も残さずに突然姿を消し、さらには単身で調査を開始したフランクまでもが、何者かに撃たれて重傷を負ってしまった。かつてのスーザンとの離別経験からフランクの心中を察したスペンサーは、病床の彼の前で、調査を引き継ぐことを誓う。捜査が進むにつれ、しだいに明らかになるリーサの秘められた過去。やがて、フランクとの婚結前につきあっていたヒスパニック系の男が、リーサをボストン郊外に監禁していることを突き止めたスペンサーは、ギャングの縄張り抗争に乗じて彼女を救い出すべく、ロス・アンジェルスから強力な応援を迎え入れた。ますます円熟味を増した筆致で、極限状態におかれた人間の絶望と勇気を描ききる、シリーズ中屈指の感動作。私立探偵スペンサー・シリーズ第22弾。
ハーヴァード大学の犯罪学教授クリス・シェリダンは、同棲していた恋人グレイスと別れた後、半年間アイルランドに行き、自分のルーツを調べた。そして、自分の一族と彼女の一族とが三代前から恐るべき敵対関係にあったことを知る…。ダブリンに生まれた祖父のコン・シェリダンは向こう見ずなIRAの大尉で、「血の日曜日」事件に関わった。イギリス側の警察署を襲った際に負傷し、手当てを受けた先で知り合ったアメリカ人富豪の若い妻ハドリと激しい恋に陥ったコンは、駆け落ちを迫るが、相手のほうは夫と別れるつもりは全くない。拒絶してもしつこくつきまとうコンに呆れ返ったハドリは、イギリス側にコンを密告してしまう。IRAの活動家のなかでただ一人捕らえられたコンは、処刑される寸前に仲間の手引きで脱出に成功、ハドリの裏切りに失意を抱いたまま、アメリカへ渡る。ボストンで警察官になったコンは、敬虔な判事の娘メレンを孕ませ結婚、息子が生まれる。そして十数年後、幼女強姦殺人事件の捜査で、コンはハドリと運命的な再会をする…。1973年に『ゴッドウルフの行方』でデビューして以来26作品を発表、ボストンの私立探偵スペンサー・シリーズ等で人気を博してきたハードボイルド作家が放つ、質量ともに過去最高の野心的大作。これまでの集大成ともいうべき自伝色の濃いエンターテインメント。
演劇好きなスーザンはボストン近郊の港町ポート・シティにある著名な地方劇団の理事をしていた。その劇団の責任者で美術監督のクリストフォラスが得体のしれぬ人影に後をつけまわされているらしいのを案じたスーザンは、スペンサーに尾行者の正体を突き止めてほしいと頼み込む。ほかならぬ恋人からの依頼にスペンサーはさっそく現地へ赴くが、町を牛耳る警察署長デスペインや、中国人ギャングたちに締め出されそうになる。そして、スーザンに誘われ一緒に観劇していた最中に、主演男優クレイグ・サンプスンが舞台上で射殺されてしまった。スペンサーは犯人をつきとめるために、劇団の関係者に聞き込みを始める。理事の一人であるリッキイ・ウーに質問すると、彼女は過敏に反応して敵意をむきだしにする。彼女は町のチャイナタウンの顔役ロニイ・ウーの妻で、スペンサーは事件の調査を強引にすすめるためにも、相棒ホークと凄腕のもと悪党ヴィニイ・モリスの協力を求めるのだった…。複雑なプロットと新たな展開でボリューム・アップした、私立探偵スペンサー・シリーズ第21作。
1992年4月28日、イラクのティクリートでスナイバー・ライフルが三度火を吹いた。壇上の人影は、血煙をあげて倒れ伏した…。1991年の秋、イギリス海兵隊特殊舟艇部隊を退役し、いまは軍出身者を中心に警備会社を経営するハワードは、顧客からある建設会社社長ダーティングトンから驚くべき依頼を受けた。イラク大統領サダム・フセインの暗殺である。ハワードは実行チームの編成にかかった。アラブの専門家である部下ボーン、射撃の天才のスコットランド人マクドナルド、特殊空艇部隊出身のアッシャー、ローデシア空軍のパイロットだったデナードなど、各分野の最高の人材が集まってきた。周到な準備工作が進められ、やがてチームはさまざまな経路でサウジアラビアに集結、イラク潜入を開始する。ところが、アメリカの国家偵察局がスパイ衛星によって偶然にチームの動きを知し、追尾を開始した。はたしてフセイン暗殺計画の成否は?圧倒的なリアリティと面白さで話題をまいた、イギリスの大型新人登場。
ルイスバーグ・スクェアに豪邸を構えるボストンの名家の女主人が通り魔に殴り殺された。犯人を挙げられない警察に業を煮やした当主のラウドン・トリップは、私立探偵スペンサーを選んだ。殺された妻オリヴィアを心から愛していたラウドンの苦悩は深く、なんとしても殺人犯を捕らえ、厳罰を下したかった。だが、依頼を受けたスペンサーはしっくりしないものを感じていた。いくら家庭を大事にしていたといっても、彼らの息子や娘はなにか問題を抱え、殺された妻には夫の知らぬ秘密がありそうだった。一見非の打ちどころのない幸せな家族-、それは大いなる幻影だったのではないのか?この事件の担当刑事は恋人をエイズで失ったゲイの青年リー・ファレルだったが、スペンサーは彼の協力を得て次第に事件の背後にあるものを嗅ぎとっていく。そして、被害者オリヴィアの出身地サウス・カロライナへ赴くが、そこには彼女の出生にまつわる意外な事実と、調査を妨げようとする巨大な圧力が待ち受けていた…。シリーズ中もっともプロットに凝り、高く評価された第20作。
むごたらしい恰好で男は絶命していた。両手の爪を剥ぎ取られ、額には深々と釘が打ち込まれ、内臓を泥のように破壊されていた。同じ頃、ヒューストンのハイウェイでは六人の男が機関銃の猛射を受け全員が憤死する。殺人課の刑事ヘイドンは二つの事件の捜査線上に浮上した狂信的組織〈テコス〉への接近を試みるが…。都市開発に絡む習慣的腐敗と、凄惨な拷問劇を描く異色サスペンス。
ノルマンディ上陸作戦前夜、Dデイの最高機密を握る連合軍将校が演習中に行方不明となった。やがて、彼がナチ占領下のジヤージイ島に漂着したことが判明した。機密漏洩を恐れる連合軍首脳部は、英国陸軍大佐マーティノゥと島出身の女性セアラを救出に差し向ける。だが、身分を偽装して島へ潜入した二人を待っていたのは、驚くべき謀略を心に秘めた“砂漠の狐”ロンメル元帥との出会いだった。著者会心の戦争冒険小説。
黒人スラムと化した公営団地ダブル・デュースの路上で、十四歳の少女と赤ん坊が射殺された…。犯人と目される黒人少年メイジャーは住民の誰もが恐れるギャング団のリーダーで、ダブル・デュース一帯を牛耳っていた。その教区の黒人牧師に雇われたホークが事件の解決に乗り出すが、ホークはスペンサーに協力を求めてくる。ところが、ホークに恋人が現われ、TV局のプロデューサーである彼女がホークに同行して少年ギャング団の実態を取材しはじめたことから、ことは面倒になってきた…。兇暴な黒人少年ギャング団と渡り合う私立探偵スペンサーと相棒ホーク。最強コンビのぴたり息のあった活躍を痛快に描く、人気シリーズ第19弾。
東京に赴任していた英国外交官ピーター・ダーウィンは、本国へ転勤になり、帰国休暇の途中マイアミに立ち寄った。そこでクラブ歌手のヴィッキイと知り合った彼は、なりゆきで、娘の結婚式のために英国へ行く彼女とその夫を送って行くことになる。ヴィッキイの娘ベリンダの住む、チェルトナム競馬場近くの町は、偶然にも、騎手を父にもつダーウィンが幼年時代を過ごした場所だった。ベリンダは勤めている動物病院の獣医ケンと婚約していたが、ケンの周囲には暗雲がたちこめていた。優秀な獣医である彼が手術した馬が、なぜか次々と原因不明の死をとげ、病院に悪い噂がたちはじめていたのだ。さらにダーウィンらが到着して早々、病院は放火され、焼け跡から身元不明の死体まで発見された。ケンの窮地を救おうとダーウィンは調査を始めるが、やがて幼年時代のこの町での思い出がじょじょに甦り、その記憶の中に、事件の謎を解く重要な手がかりが隠されていることに気づく。
KGBがアイルランドに送り込んだ休眠工作員ケリイ。その任務は、テロによって英国とIRAとの和平の動きを妨害し、紛争を激化させることだった。偶然入手した情報から彼の存在を知った英国情報部は、元IRAの闘士デヴリンの手を借りて、その正体究明と抹殺に乗り出す。だが、ケリイは追及を察知して逃走した。次なる暗殺を阻止すべく、デヴリンは必死の追撃を開始するが…。硝煙の世界に生きる男たちの姿を鮮烈に描く。
アメリカとNATOの依頼を受けた英国は、ソ連がバレンツ海に敷設したソナー網の位置をつかむために、画期的な対ソナー装置〈レパード〉を搭載した原子力潜水艦プロテウス号を出航させた。そんな折り、〈レパード〉を開発した科学者クインが突如失踪した。ソ連側に拉致された可能性は充分にある。SISの工作員ハイドは捜査を開始する。やがて重大な事態が起こった。プロテウス号がソ連の周到な罠に落ち、捕獲されたのだ。
プロテウス号は、バレンツ海に面したソ連の軍港に曳航された。機密を守るために、〈レパード〉を一刻も早く取り戻さなければならない。奪回作戦の指揮をとるSISの副長官オーブリーは、アメリカ海軍情報部のクラーク大佐をその軍港に潜入させる。そして彼を援助すべく自らも、連れ戻したクインと共に対潜哨戒機に乗って飛び立った。北の海に展開する息づまる奪回作戦の成否は?名手がスリリングに描く傑作冒険巨篇。
私立探偵スペンサー・ブームに火をつけた代表作『初秋』から十年-十五歳の少年だったポール・ジャコミンはみごとに自立してダンサーになり、ガールフレンドのペイジとの結婚を考えていた。だが、遊び好きの母親パティとの連絡がとれず、困り果てた彼は、父のように慕うスペンサーに母親の行方を捜してほしいと頼む。男がいないと生きていけない彼女は、案の定、リッチ・ボーモントというチンピラと付き合って、さいきん駆け落ちしていた。しかも、その男はギャングの親玉ジョウ・ブロズの息子ジェリイの仲間で、百万ドルをこえる組織の金を持ち逃げし、命を狙われていた。失踪した二人を追って、ギャング組織とスペンサーとのつばぜりあいが始まる。親と子の絆、男と女の永遠の結びつき、探偵の生い立ちを物語る、人気シリーズ第18作。