著者 : 谷崎潤一郎
若くして死んだ母そっくりの継母。主人公は継母へのあこがれと生母への思慕から、二人の存在を意識のなかでしだいに混同させてゆく。谷崎文学における母恋物語の白眉。ほかに晩年のエッセイ四篇を収載。初文庫化。
美少女ナオミの若々しい肢体にひかれ、やがて成熟したその淫蕩なまでの底知れぬ魅力のとりことなった譲治。奔放なナオミは譲治の背に跨って部屋中をめぐる。女の魔性に跪く男の焦燥と惑乱と陶酔を描く谷崎文学の傑作。
敵の首級を洗い清める美女の様子にみせられた少年。それは、武勇と残虐な行状とで世にきこえた武州公の幼き日の姿であり、その心の奥底には「被虐性的変態性慾」の妄想と恐るべき奸計の萌芽がー。戦国時代に題材をとり、奔放な着想をもりこんで描かれた伝奇ロマン。雑誌『新青年』連載時に掲載された木村荘八の挿画を完全収載。
江戸川乱歩の「パノラマ島綺譚」に影響を与えたとされる怪奇的幻想小説「金色の死」、私立探偵を名乗る見知らぬ男に突然呼びとめられ、妻の死の顛末を問われ、たたみ掛ける様にその死を糾弾する探偵と、追込まれる主人公の恐怖の心理を絶妙に描いて、日本の探偵小説の濫觴といわれた「途上」、ほかに「人面疽」「小さな王国」「母を恋ふる記」「青い花」など谷崎の多彩な個性が発揮される大正期の作品群七篇。
七十七歳の卯木督助は“スデニ全ク無能力者デハアルガ”、踊り子あがりの美しく驕慢な嫁颯子に魅かれ、変形的間接的な方法で性的快楽を得ようと命を賭けるー妄執とも狂恋とも呼ぶべき老いの身の性と死の対決を、最高の芸術の世界に昇華させた名作。
徳川の治世、荒涼とした那須野ヶ原の夕暮れ、敵討ちの旅にあるお国と従者五平、虚無僧姿の敵友之丞、サスペンス性を帯びた三人の関係。単なる仇討劇に留まらず、人間の愛欲と悲哀が赤裸々に描かれた「お国と五平」ほか、二十四篇の戯曲作品のうち「恋を知る頃」「恐怖時代」「白狐の湯」「無明と愛染」の四篇を収める。
活動写真という夢の実現に奔走する吉之助は、俳優にしたてた混血の美少女グランドレンの肉体に翻弄され、映画こそが唯一の芸術であった筈が…。谷崎自らの映画制作体験を反映する「肉塊」、本牧の住まい、山手の家、忘れ得ぬ人々など追憶を創作の形にと、横浜時代の暮しぶりを回想した「港の人々」の二篇を収める。
男女両性の長所から生命の芸術をクリエイトする「創造」、谷崎の府立一中時代の友人・大貫晶川をモデルに描く「亡友」と長篇「女人幻想」-器量よしとお洒落とで評判の兄妹。思春期を境により美しくなってゆく光子、女性的の美を羨みこだわり続ける由太郎は、女を騙すことばかり覚えて…。
無職の法学士斎藤と英子の贅沢な道行、ひと夏を共にした玉置は斎藤から英子を奪う「熱風に吹かれて」。自身の性の女性化を自覚しつつ女の奴隷となって破滅してゆく幸吉「捨てられる迄」。“天性の麗質”を楯に放蕩三昧、女から女へぬくぬくと生きるK「美男」。自信と誇りに輝いていた若き谷崎の面影が彷彿する作品三篇。
小田原事件に発展した佐藤春夫とのトラブル、添田=谷崎、穂積=佐藤、朝子=千代夫人の三角関係を虚構を織りまぜて小説化した長篇「神と人との間」、既婚者の文学士と離婚者の法学士による理想的な離婚についての対話劇「既婚者と離婚者」、中国趣味を折込んだ「鶴唳」の三篇を収める。
「金と銀」「AとBの話」「友田と松永の話」を収める。天才は金、能才は銀、芸術的素質において金の青野と銀の大川。Aは善の、Bは悪の文学者。また友田と松永は西洋と東洋との対立として描かれ、常に芸術の高みをめざす人間の、内に省みて葛藤、照応する二重性に焦点をあてた作品三篇。
観音様へお参りするとパノラマや凌雲閣や花屋敷を見て、と谷崎が幼いときから親しんだ浅草、東京の大衆娯楽地として活況を呈した浅草。浅草公園に集う画家や歌唄いたちが、民衆芸術の可能性を追究して芸術論をたたかわせる。「襤褸の光」「鮫人」、随筆「浅草公園」の三篇を収める。
とうとう地鳴りに追い付かれてしまったー歯痛の錯乱が大地震の恐怖を生む「病蓐の幻想」、妖艶な女による凄絶極まる殺人劇「白昼鬼語」、美食に果てしがない谷崎的欲望を暗示する「美食倶楽部」、猿の魔力にかかった薄幸な芸者の物語「人間が猿になった話」、「魚の李太白」の五篇を収める。
痛切な芸術上の欲求を“西洋”そのものに求め、激しい西洋崇拝を表す「独探」、漢詩文に詠まれて以来、遊子の心になじみ深い山紫水明の地西湖を舞台にした「西湖の月」ほか、「玄弉三蔵」「ハッサン・カンの妖術」「秦淮の夜」「天鵞絨の夢」を収める異国綺談集。
「己はいまだに自分を凡人だと思う事は出来ぬ」と自分の天才を疑い得ない「神童」の独白、「甘美にして芳烈なる芸術」を発表するまでの陰欝な青春を描く「異端者の悲しみ」ほか、「The Affair of Two Watches」「詩人のわかれ」。天才の名を恣にした谷崎自身の影を色濃くうつした名作四篇を収める。
「饒太郎」「蘿洞先生」「続蘿洞先生」「赤い屋根」「日本に於けるクリップン事件」の五篇を収める。自らマゾヒストを表明した主人公饒太郎。日本に生れたこと後悔すると言いながらも、西欧の書物から被虐の喜びを求めるひとが世界の至るところに居ることを知る。そのきわめて秘密の快楽の果ては…。
荷風の激賞をうけ颯爽文壇に登場した谷崎。-清吉と云う若い刺青師の腕きゝがあった。彼の年来の宿願は、光輝ある美女の肌を得て、それへ己れの魂を刺り込む事であった。官能的耽美的な美の飽くなき追求を鮮烈に描く「刺青」ほか、「麒麟」「少年」「幇間」「飆風」「秘密」「悪魔」「恐怖」の七篇を収める、初期短編名作集。