著者 : 高樹のぶ子
幼女の自分を日本に置いたまま、国際結婚で渡米し、謎の死を遂げた母。その死の周辺を知りたくて潤子はアメリカ東海岸の港町を歩く。そして彼女にとって義弟にあたるアメリカ人青年が、母の故郷出雲に来ているとわかる…。日米ふたりの男との間で愛に揺れる三十代女性の姿を精緻に描き上げた長編。
姉妹のように仲良く育った、いとこ同士の美和子と梢の前に現れた治。治に魅かれつつ地味でおとなしい梢を気づかっていた美和子は、ある日突然、恋の鞘当てに敗れたことを知る。なぜ彼は梢を選んだのか?腑に落ちぬままに歳月を送った美和子はやがて意外な真実に驚愕する…。人生の岐路に立った時の人の心の七色の綾を鮮やかに描く連作短編集。
血のつながりはない養父・裕平との愛に翻弄される誓子は、不治の病に冒された母・やよいの過去の秘密を知って立ち竦む。そして、やよいの死を契機にあらたに解きあかされていく、あまりにも意外な真実…。家族という強い絆に結ばれているがゆえに、重く錯綜する三人それぞれの愛のかたち。男と女、生者と死者、過去と現在、そして、意識と記憶がしずかに交錯する異色の長編小説。
今夜、僕は君を抱かない。たとえ僕の体が破裂してしまっても、抱かない-もう1人の誰かへの愛と友情のために、あるいは自らの理想のために、抑えがたい情念を制御しあうことで競いあうかのような、ひたむきな三角関係。かつて描かれたことのない紺青の深海を背景に、2人の男性と1人の女性の宿命を美しい悲劇に結晶させた、渾身の力作。
女流作家の私と通訳のヨーコ。じつは二人とも生から死の世界へ移ってしまった影法師。私は甲状腺ガンでこの世を去る前に、アメリカ政府から文化交流の一員として招待をうけていた。その思いを実現するため、アメリカを自由に夢遊する若い二人が引き起こす愉快な出来事とは…。ヴァージニア、ニューヨーク、デンバー…など、光も風も人情も異なる五つの街で出会った、五つのアメリカン・ストーリー。新境地を拓く会心作。
半ば放心状態のまま街角で男を誘い、売春防止法違反に問われた大原カナ子は、弁護士・安部輝一の助力で刑の執行を猶予された。しかし輝一の調査で、彼女と同棲している邦男が婦人暴行未遂の疑いで造園会社を解雇されていたことがわかるー。社会の底辺で喘ぐ若い男女。二人の更生を願って事件に深入りする弁護士とその婚約者。二組の男女それぞれの揺れ動く愛の行方を描く長編小説。
終戦前後、日本人少女と中国人親子の交流を清冽に描き上げた加藤幸子氏の「夢の壁」。現実の事件を引金に自由な劇的空間を遊泳する唐十郎氏の「佐川君からの手紙」。無気力な弟を追憶しつつ生の儚さを追究した笠原淳氏の「杢二の世界」。非行に染まる女子高生に近づく優良女生徒の友情を通して揺るぎない人間観を明示した高樹のぶ子氏の「光抱く友よ」。診療を一切拒否して癌にたおれる叔母への心の揺れを丹念に追った木崎さと子氏の「青桐」。第88回ー第93回受賞作。
もえ、こがれ、そして…自らの求めのまま、ひとを恋し愛し、墜ちながらなお輝きつづける女・羽季子。許されぬ恋にはしる一人の女の、性のものぐるおしさと切実な生き方を、玄海灘の波よせる壱岐の四季の中に描く問題の恋愛小説。同情、共感、そして…あなたの中の“もう一人のあなた”とめぐりあう。
人間の弱さと愚かさを清冽な筆致で描き、愛の本質と可能性を追求する恋愛小説の傑作。アメリカ東海岸の小さい港町、東品川の倉庫街、そして神話の里出雲を択び、時空を越えてこれらの海沿いの街を繋ぐ、はかないけれど確かに存在する「虹」を描いた。