著者 : 高樹のぶ子
世紀末、東欧革命前夜のウィーンで出会ったバイオリニスト・走馬充子と外交官・真賀木奏。音楽への情熱を共有する二人は、亡命ルーマニア青年のセンデスから、古い手書きの楽譜を譲り受ける。「百年後の愛しい羊たちへ」と題されたその楽譜には、歴史を変える力が秘められていたー。異国での激しい恋が呼び寄せる運命の翳り。謎と官能に彩られためくるめくドラマの幕が上がる。
昭和30年、まだ日本中が貧しかった時代、しかし、季節の手ざわりや家族のつながり、そして生や死を身近に感じながら子供が子供らしく成長できた時代-失われた時代の命の豊かさを、魅力あふれる少女の目で描いた感動的な少女小説。
幼いわたしの前から、ある日突然、姿を消した父。成長したわたしは、父の人生をさかのぼって、四つの不思議な旅に出る。旅先の風景はいつしか幻想性を帯び、死者の霊がわたしを招く。追えば追うほどに、父の真実は遠ざかり、濃密な官能の匂いが立ち昇ってくる。時間と空間を超えた旅路の果てに待つものは…。著者によって、いつか書かれなければならなかった、きわめて個人的な物語。
「心に決めてたんです…わたし、郷さんの娼婦になるって」25年ぶりに再会した中年男女の激しく一途に燃える愛。汲めども尽きぬ恋心と、逢瀬を重ねるたびに増してゆく肉の悲しみを、著者渾身の熱い文体で描き、第35回谷崎潤一郎賞を受賞。すべての現実感が消えるほどの「結晶のような」透明な恋の物語。
月日貝、五月闇、河骨、青北風、夜神楽、寒茜など…四季を彩る季語に触発されながら、愛を巡る揺らぎと畏れを主題に、生命の不思議、稠密な性の交感、人生の哀切をみごとに官能的な文章に結晶させた名品12の短篇連作集。谷崎賞作家が描く、滅びへと向かう主人公たちのなまめかしくも妖しく、美しく切ない12の人生。
「父よ逃げるな」戦争中特攻隊の中隊長だったわたしの父は生き残り、研究に戻ったが、ある日わたしの目の前から消えた。父の真実を知るためにわたしは四つの不思議な旅に出た。父に近づけば近づくほど戦争の亡霊が取り囲み、執拗に追えば追うほど官能の匂いをまとい始める。時間と空間を超えて父をつかまえることはできるのか。著者によっていつか書かれなければならなかった官能の匂いに満ちた父探しの物語。
もう若くはないけれど、落ち着いた生活がある。このまま穏やかに年をとっていくことに何の不満もないはず。けれども、ふと感じる空虚感を埋めるように、どこからか微熱のように生じてくる、この甘やかな欲望はなにー。過去に想いをめぐらせれば、はかないときめきをともなって、官能的なまぼろしが幻灯のように立ちあがる。女の心とからだをファンタスティックに描いた短編集。
夫はなぜ消えたか?突然の失踪を契機に、前妻、娘、老母、再婚した妻、孤立していた四人の女の心は微妙に波立つ。男を失うことで呼び醒まされる女としての官能。体の内奥に潜むエロスが、しだいに女たちの心を結びつけ、不思議な絆と連帯感を生んでゆく。女の生と性、愛のかたちを精緻に描く高樹文学の真髄。
烈しければ烈しいほど、その愛は、人を裏切り、自らを傷つけてしまう。-30歳になる絵本作家の静香を姉のように慕う挑発的な瞳の17歳の美少女、蛍。単身赴任で八ケ岳にやってきた40歳の男を二人はそれぞれのやり方で愛しはじめた。蛍の不可解な言動に当惑する静香。蛍との一切を沈黙する男。やがて蛍は一冊の日記を残して失踪する。錯綜する愛情とその切なさを紡ぎだす恋愛長編。
雑誌社に勤める美和子が異性として意識しはじめたのは英会話教室の講師で痩せていて頼りなげな青年、大道治だった。妹のように面倒を見ていた従姉妹の梢が酒場に忘れてきたのは片方だけのイヤリング。裏には‘FROM OSAMU,WITH LOVE’と彫られていたー。人を傷つけても手放せない愛がある。想うだけでも苦しい恋がある。哀しくも美しい様々な愛の陰影を写し出す6つの連作恋物語。
勇と滝子の前に再び高秋が現れた。学生時代、司法試験に敗れた勇は滝子との愛を得、試験に勝利した高秋は愛に敗北していた。滝子をめぐる三角形は微妙な緊張感を孕みつつ、20年という歳月を越えて再び揺らぎはじめた。海の底深く美しい光景の中での激しく狂おしい慕情の錯綜は、やがて、自壊の非劇へと転調してゆく。恋愛の生む全ての敬虔な悲しみと救済と贖罪を描く渾身の恋愛長編。