著者 : 黒井千次
70代の息子と90代の父親。老いた息子は思想検事だった父の記した奇妙な報告書を見つけた。息子は父の過去にあえて向き合い、己の来し方の輪郭を確かめようとしはじめる…老いと記憶をめぐる小説の冒険。
昭和20年代後半、文学への志を抱えながらも東大・経済に進んだ倉沢明史は検事である父の呪縛に抗いながら、己が人生を模索していた。朝鮮戦争・血のメーデー事件・米国によるMSA援助の見返りとしての日本の再軍備問題と、時代は熱い政治の季節ー。その一方で家庭教師先の人妻・麻子に胸を焦がし、自らの欲望に悶々とする。そして、失ったはずのかつての恋人・棗との再会。“内向の世代”を代表する作家・黒井千次が「春の道標」の後日譚として、彷徨する生真面目な青年の内面を繊細に描いた自伝的青春小説の完結編。復刻記念に著者のあとがきを特別収録。
雑誌『群像』は1946年10月号を創刊号とし、2016年10月号で創刊70年を迎えました。これを記念し、永久保存版と銘打って発売された号には戦後を代表する短篇として54作品が収録され、大きな話題を呼びました。このたびそれを文庫三分冊とし、さらに多くの読者にお届けいたします。第三弾は「平成」改元から10年、そして21世紀に入ってからの日本文学の諸相を示す18篇。 1946年10月号を創刊号とし、2016年10月号で創刊70年を迎えた文芸誌「群像」。 創刊70周年記念に永久保存版と銘打って発売された号には戦後を代表する短篇として54作品が収録され大きな話題を呼び、即完売となった。このたびそれを文庫三分冊とし、さらに多くの読者にお届けいたします第三弾は「平成」改元から10年、そして21世紀に入ってからの日本文学の諸相を示す18篇。 辻原 登「父、断章」 黒井千次「丸の内」 村田喜代子「鯉浄土」 角田光代「ロック母」 古井由吉「白暗淵」 小川洋子「ひよこトラック」 竹西寛子「五十鈴川の鴨」 堀江敏幸「方向指示」 町田 康 「ホワイトハッピー・ご覧のスポン」 松浦寿輝「川」 本谷有希子「アウトサイド」 川上未映子「お花畑自身」 長野まゆみ「45°」 筒井康隆「大盗庶幾」 津村記久子「台所の停戦」 滝口悠生「かまち」 藤野可織「アイデンティティ」 川上弘美「形見」
戦後間もない時代の若者たちを描いた“自伝的青春文学”旧制中学から新制高校へと移行する時代、高校2年生の倉沢明史は、通学途中に出会った中学3年生の美少女・棗に惹かれていく。文学に憧れ、政治にも熱い関心を寄せる明史だが、幼なじみの慶子との接吻もあって心は千々に乱れる。武蔵野の美しい四季を背景に、物資は満足にないけれど心豊かに生きる若者たちの甘く、ほろ苦い思春期の恋愛を叙情的に描いた青春小説の傑作。“内向の世代”を代表する著者が、今回あとがきを特別寄稿。
一九七〇年、文芸雑誌「文芸」は二度にわたり、当時たびたび芥川賞候補に挙がっていた若手五人を集め、座談会を開く。翌年小田切秀雄に「内向の世代」と呼ばれる彼らの文学は、現代の作家たちにも大きな影響を与えることになる。本書は座談会出席者の一人黒井千次氏が、初期作品の中から瑞々しい魅力を放つ小説を精選した稀有なアンソロジー。
留守番電話のテープに聞き入る三人の男「声の巣」。決められた役割を忠実に演じる私たち「学校ごっこ」。女の姿をした蛇が私の部屋に住みついて「蛇を踏む」(芥川賞)。家族の頚木から解き放たれたはずなのに「家族シネマ」(芥川賞)。あのとき彼はなぜ人を拝んだのか?「不軽」。足先から滴る水と寝室に現れる兵隊たち「水滴」(芥川賞)。静かに老いゆく妻、友と見た景色「椿堂」。僕が深夜の公園で遭遇した、ある出来事「無情の世界」。現代文学四〇年の試みを眺望するシリーズ第五巻。
妻を看取って十余年、人生の行き止まりを意識し始めた嶺村浩平は、古いトランクからかつての大学のゼミ仲間・瀬戸重子の若々しい写真を見つける。そして甦る、重子と一度きりの接吻を交わした遠い思い出。思わぬ縁で再会した重子の勧めで、七十代にして初めて携帯電話を持った浩平は、秘めた想いをメールに込めるが…。恋に揺れる、老いの日々の戸惑いと華やぎを描く傑作小説。
たまらん坂、おたかの道、そうろう泉園ー実在する奇妙な土地の名前が、初老期に差しかかった男達の心に漣を立て、探索とも長い散歩ともつかぬ武蔵野行へと誘う。日常と皮膜一枚で隔たった異境で彼らが出会う甘やかな青春の残像、人も自然も変貌する現実の苦味を、清澄な筆致で描く連作短篇集。『時間』『群棲』など、時間と空間の交点に、深い人生の味わいを醸し出す黒井文学の豊かな収穫。
突然訪ねてきた女が、一枚の写真を示し、左端の男の消息を知らないか、自分は妹だが六年前から探しているのだという。場所は彼が通った大学だが、その男についての記憶はない。そう告げると、女は「嘘吐き」と強い口調で決めつける。彼はアルバムや卒業名簿を調べたり、現在は退職している同級生に電話をかけてみたりするのだが…。日常の微妙なずれにからめとられた十人の男を描く短編集。
赤坂絢子-ヒロイン「マナコ」を演じる女優が作者・寺脇滋有の目を惹いた。稽古から上演へと「マナコ」を介して、二人の関係は急速に深く濃密になっていく。一途に燃え盛る絢子の恋慕。狂おしい歓びと悔いの暗いうねりに翻弄される滋有。悲劇への予兆をはらんで二人の舞台は楽日へと突き進む。
K氏という小説家を主人公とする小説を、ひとりの小説家が書こうとする。その過程で起きる不思議なできごと、秘かに郵便物にまぎれこんできた小さな落葉、深夜に誰かからFAXで送られてくる小説、駅からずっと同じ道を歩きつづける印象的な女-。巧みなタッチで日常と非日常のはざまを戯れる、奇妙な味わいの連作短篇集。
或る日突然変貌し、異常なまでに猛烈に働き出す男(「聖産業週間」)。会社を欠勤し自宅の庭の地中深く穴を掘り始める男(「穴と空」)。企業の枠を越え、生甲斐を見出そうとする男(「時間」)。高度成長時代に抗して、労働とは何かを問い失われてゆく〈生〉の手応を切実に希求する第一創作集。著者の校訂を経て「花を我等に」「赤い樹木」を加えた新版・六篇。芸術選奨新人賞受賞。
昭和20年代後半、政治の季節-。文学への志と両親との葛藤に苦しむ、東大生・倉沢明史の前に現れた年上の女・麻子。政治に走る友人たちへの負い目と、彼女への欲望の間で揺れ動く明史。そして、失ったはずの恋人・棗との再会、恋の成就-。彼の青春は一つの完結を迎えた。