出版社 : 岩波書店
十六、七世紀スペインの片田舎で、意気軒昴たるドン・キホーテが「冒険」を演じているとき、そこには、実は何ひとつ非日常的なことは起こっていない。彼の狂気が、けだるく弛緩した田舎の現実を勇壮な「現実」に変え、目覚ましい「冒険」を現出させる。
ひとかけらのマドレーヌを口にしたとたん全身につたわる歓びの戦慄ー記憶の水中花が開き浮かびあがる、サンザシの香り、鐘の音、コンブレーでの幼い日々。重層する世界の奥へいざなう、精確清新な訳文。プルーストが目にした当時の図版を多数収録。
その名も高きドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャとその従士サンチョ・パンサ、例によって思い込みで漕刑囚たちを救ったあげく、逆に彼らに袋だたきにされ、身ぐるみはがれる散々な目に。主従はお上の手の者の目を逃れ、シエラ・モレーナの山中に。
騎士道本を読み過ぎて妄想にとらわれ、古ぼけた甲胄に身を固め、やせ馬ロシナンテに跨って旅に出る。その時代錯誤と肉体的脆弱さで、行く先々で嘲笑の的となるが…。登場する誰も彼もがとめどもなく饒舌な、セルバンテス(一五四七ー一六一六)の代表作。
町外れの砂原に建つ“緑の家”、中世を思わせる生活が営まれている密林の中の修道院、石器時代そのままの世界が残るインディオの集落…。豊饒な想像力と現実描写で、小説の面白さ、醍醐味を十二分に味わわせてくれる、現代ラテンアメリカ文学の傑作。
“緑の家”を建てる盲目のハープ弾き、スラム街の不良たち、インディオを手下に従えて他部族の略奪を繰り返す日本人…。ペルー沿岸部の砂の町とアマゾン奥地の密林を舞台に、様々な人間たちの姿と現実を浮かび上がらせる、バルガス=リョサの代表作。
全篇ことごとく神仙、狐、鬼、化け物、不思議な人間に関する話。中国・清初の作家蒲松齢(一六四〇-一七一五)が民間伝承から取材、豊かな空想力と古典籍の教養を駆使した巧みな構成で、怪異の世界と人間の世界を交錯させながら写実的な小説にまさる「人間性」を見事に表現した中国怪異小説の傑作。九二篇を精選。
愛する妻の貞節を信じ切れない夫は試しに妻を誘惑してみてくれと親友に頼みこむが…。突飛な話の発端から、読む者をぐいぐいと作者の仕掛けた物語の網の目の中に引きずりこんでゆくこの「愚かな物好きの話」など四篇を精選。『ドン・キホーテ』の作者(一五四七ー一六一六)がまた並々ならぬ短篇の名手であることを如実にあかす傑作集。
胸に赤いAの文字を付け、罪の子を抱いて処刑のさらし台に立つ女。告白と悔悛を説く青年牧師の苦悩…。厳格な規律に縛られた一七世紀ボストンの清教徒社会に起こった姦通事件を題材として人間心理の陰翳に鋭いメスを入れながら、自由とは、罪とは何かを追求した傑作。有名な序文「税関」を加え、待望の新訳で送る完全版。
「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」-詩才を惜しまれながらわずか一九歳で世を去った知里幸惠。このアイヌの一少女が、アイヌ民族のあいだで口伝えに謡い継がれてきたユーカラの中から神謡一三篇を選び、ローマ字で音を起し、それに平易で洗練された日本語訳を付して編んだのが本書である。
英国の牧歌的な風景と伝統的な風俗風習を背景に展開する、米国ロマン派の巨匠W・アーヴィング(一七八三ー一八五九)の傑作。ブレイスブリッジ邸での婚儀に招かれた語り手が、邸に集う人びとのさまざまな姿や悲喜こもごもの出来事を丹念に見聞きして語る。本邦初訳。
『モモ』『はてしない物語』など数々の名作児童文学で知られるミヒャエル・エンデが、自らの人生、作品、思索について、翻訳者で友人の田村都志夫氏に亡くなる直前まで語った談話。作品の構想のもととなった、現代の物質文明の行きつく先を見通し、精神世界の重要性を訴えたエンデの深い思想が、語りを通して伝わってくる。各章冒頭、巻末に田村都志夫氏の解説付き。
独房404号に収監された古参党員ルバショフ。三度の審問を通じて明らかになる過去と現在、壁を叩く獄中の暗号通信。No.1とは誰か?自白はなぜ行われたか?スターリン時代のモスクワ裁判と大粛清を暴いたベストセラー、戦慄の心理小説。
「すべての動物の平等」を謳って産声をあげた動物農場。だがぶたたちの妙な振舞が始まる。スノーボールを追放し、君臨するナポレオン。ソヴィエト神話とスターリン体制を暴いた、『一九八四年』と並ぶオーウェルの傑作寓話。舌を刺す風刺を、晴朗なお伽話の語り口で翻訳。
読者を謎解きに導く巧みなプロット。犯罪にいたる人間心理への緻密な洞察。一九世紀前半ごろ誕生した探偵小説は、文学に共通する「人間を描く」というテーマに鋭く迫る試みでもある。ディケンズ、コリンズ、ドイル、チェスタトン、クリスティーなどの、代表的な英国ミステリー作品を取り上げ、探偵小説の系譜、作品の魅力などを読み解く。
現役の作家のなかにも熱狂的なファンの少なくない、鬼才、久生十蘭の精粋を、おもに戦後に発表された短篇から厳選。世界短篇小説コンクールで第一席を獲得した「母子像」、幻想性豊かな「黄泉から」、戦争の記憶が鮮明な「蝶の絵」「復活祭」など、巧緻な構成と密度の高さが鮮烈な印象を残す全15篇。