出版社 : 朝日新聞出版
私はもう大人で、30歳も超えて、それでもまだこの人の子だ。ゆるゆる静かに衰えていくだけのこの人の娘だ。30歳の琴美は東京で派遣社員として働いている。そんな日々に一筋の光が。それは偶然、路上ライブで出会ったアイドルの『ゆな』だった。ライブへ通い、仲間もでき、彼女への没頭が、ゆるく過ごしていた琴美を変えていく。しかし、父親が倒れ、介護が必要になったため、札幌へ戻ることを決意する。交通事故で5年前に母親は他界、妹は結婚し、アメリカへ。初めての二人きりの父子生活で、元塾講師の父親はいつだって正しく、その変わらない「正しさ」は時折、耐えがたいほどに憎らしい一方で、日に日に不自由になっていく父の体。それを目の当たりにした琴美は、ますます『ゆな』を追い求めていく…。閉鎖的な環境、明るい展望も見えない中、生き続けるためのよすがを求めて懸命にもがく姿を描き切った、著者の新境地。
植松英美は大企業・山藤グループ総帥の南郷英雄が実の父親と知らされる。英雄は何者かに射殺されていた。母の秋子が英雄と知り合ったきっかけや、なぜ一人で英美を産もうと決意したのか、英美は英雄の秘められた半生をたどり始めるがー。
食べることそのものに嫌悪を覚えている女子高生・三橋唯。「食べること」と「人のつながり」はあまりに分かちがたく、孤独に自分を否定するしかなかった唯が、はじめて居場所を見つけたのは、食べ物の臭いが一切しない「吸血鬼の館」だったー。みんなが口をそろえて「幸せだ」という行為を幸せと思えず、ひとり孤独に苦しんできた少女の成長を描く青春小説。
子供たちからのS.O.Sが聞こえる。ストリートに生きる日系ブラジル人の少年。介護に追い詰められるヤングケアラーの少女。不器用な、「見えない存在」である彼らを、今日も見守る大人たちがいる。
それがあたりまえだと結婚した主婦の百合子。心変わりを理由に離婚を迫られるライターの梓。結婚にメリットなしと非婚を選ぶ娘の香奈。制度にとらわれず事実婚で愛を貫く若い理比人。結婚、離婚、非婚、事実婚を問いかける本格小説。
「果穂、おまえはどっちについて行く?」家族というこの船には穴が開いてしまった。海水が流れこみ、もうじき沈むのだ。父と母、どちらがより深く私たちを愛しているのか。私たちの胸に、どちらへの愛がより強固に存在しているのか。正直なところ、どちらも選びたくないし、どちらも選びたいのだ。(「沈みかけの船より、愛をこめて」より)奇想・異空間・そして限りない叙情。いくつもの顔を持つ著者による、驚愕の「ひとりで四人」アンソロジー。
失われたA感覚を求めて。人工肛門によって生活が一変した女子大生の涼子。新たな穴と付き合いながら、飲食店でのバイトと大学生活を行き来するうち、同じ境遇の男との奇妙な穴の交流が始まっていくー。読者の内臓を刺激する、現役医師によるデビュー作。第7回林芙美子文学賞受賞作「塩の道」も同時収録。
花浦久兵衛は父の弥兵衛が明治維新後に設立した花浦財閥の総帥を受け継いだ。一九四五年の敗戦後、GHQ主導による財閥解体の危機に直面し、苦悩する久兵衛。やがてGHQ参謀第二部のキャノン中佐率いる一団が花浦邸を接収し、傍若無人に振る舞い、屋敷は滅茶苦茶にされてしまう…。花浦財閥存亡の危機に、久兵衛が下した決断とは?疲弊した現代日本を逆照射する歴史経済巨編!
人間が完璧でない以上、どんな制度にも必ず欠陥は存在する。出生前に胎児の意思を確認する「合意出生制度」が法制化された近未来の日本。胎児には遺伝や環境などの要因を基にした「生存難易度」が伝えられ、生まれるかどうかの判断がゆだねられる。出生を拒んだ胎児を出産した場合は「出生強制」の罪に問われる世界で、同性婚をしたパートナーとの間に人工妊娠手術により子を宿した主人公・立花彩華。彼女が、葛藤しながらくだす決断とはー。
明治20年、東京浅草の東春寺は、相場師も兼ねるユニークな僧侶・冬伯と弟子の玄泉が切り盛りする。今日は経営不振に悩む料理屋の女将・お咲が寺を訪れ、店に“幽霊”が現れたと打ち明けるがー。お産をめぐる顛末、“お宝”の噂…彩り豊かな全5話の短編から驚きの広がりを見せる物語。
小学校にも通わせてもらえず、日々の食事もままならない生活を送る優真。母親の亜紀は刹那的な欲望しか満たそうとせず、同棲相手の男に媚びてばかりだ。そんな最悪な環境のなか、優真が虐待を受けているのではないかと手を差し伸べるコンビニ店主が現れる。ネグレクトによって家族からの愛を受けぬまま思春期を迎えた少年の魂は、どこへ向かうのか。その乾いた心の在りようを物語に昇華させた傑作長編小説。
『雪の女王』に隠された本当の物語を知っていますか?作家と編集者ー「最高傑作」が招いた殺意と悲劇。童話にも事件にも、知られざる“真実”がある。夢宮と月子の関係にも決着が?恋愛ミステリ堂々完結!?
血に束縛され、戦国史上最悪と呼ばれた男の素顔とは。豪商・阿部善定は、没落した宇喜多家一家を引き取る決意をする。幼い八郎の中に非凡さを見い出したが故である。やがて宇喜多家を再興し、荒れた備前南部に再びの安寧を与えてくれるのでは、と期待を寄せた。町家で育った八郎は孤独な内省の中で、商いの重要性に早くから気付く。武門の子でありながら、町や商人の暮らしに強く惹かれる。が、青年期に差し掛かる頃、町で出会った年上の女性・紗代と深く関わり合うことで、自身の血に流れる宿命を再確認する。-八郎は、やがて武将・宇喜多直家となる。
宇喜多家の存続のためには、どんなことでもする。親族はおろか我が死でさえも、交渉の切り札に使う。世間でいう武士道などは、犬にでも呉れてやる。直家は宇喜多家を再興し、石山城(岡山城)を国内商業の拠点と定める。同時に、近隣の浦上・三村と激しくつばぜり合いをくり返し、彼らの背後にいる巨大勢力の毛利・織田の狭間で、神経を磨り減らしながら戦い続ける。直家の生来の気弱さを知る、妻のお福。生涯の恩人となった商人・阿部善定。旧縁である黒田満隆と官兵衛の親子。直家が武士に取り立てた商人・小西行長…様々な人との関わりの中から、直家は世の理(ことわり)に気付いていく。-人の縁で、世は永劫に回り続けていく。
1995年、小学6年生の愛衣はウサギが好きなあまり、当番でもないのに同級生の珠紀と、ほぼ毎日飼育小屋へ行く(『クレイジー・フォー・ラビット』)。1997年、中学校の教室にある写真を持ってきた同級生の田中が、強烈な匂いを発していることに愛衣は気づく(『テスト用紙のドッグイア』)。2001年、高校3年になった愛衣は、両親と距離ができ、街で出会った1つ年上のエミとファミレスに入り浸る(『ブラックシープの手触り』)。2004年、大学3年の愛衣はバイトの仲間が行った旅行先で地震が起こったことをニュースで知る(『クラッシュ・オブ・ライノス』)。2018年、結婚し子も生まれた愛衣は、幼稚園で娘が友達を否定するような発言をしたと連絡を受ける(『私のキトゥン』)。嘘や秘密を敏感に嗅ぎ取ってしまう愛衣の五つの年代と、ままならない友情を描いた切実な連作短編集。
家庭内暴力をふるい続ける父親を殺そうとした過去を封印し、孤独に生きる文也。ある日、出会った女性・梓からも、自分と同じ匂いを感じたー家族を「暴力」で棄損された二人の、これは「決別」と「再生」の物語。