出版社 : 筑摩書房
生きてゆく過程で必ず体験しなければならないさまざまな別れを、83歳のエイダは戸惑いながら穏やかに受け容れてゆく。老いの日々の哀感は降り注ぐ慈雨のように、しっとりとわれわれを潤してくれる。ジョン・アップダイクの母が老いの肥沃と成熟を、優雅に著わした珠玉の連作短篇集。
1960年代半ば、「ウルトラQ」放送開始に沸く円谷プロに、一人の若者が迷い込んだ。特撮の神様円谷英二を始め、怪獣番組に情熱を燃やす人たちのなかで、若者もスタッフとの恋や友情、離別を味わいながら、監督として怪獣作りの奇妙な魅力の虜となっていく。テレビが生んだ最強のヒーロー、ウルトラマンを作った男たちの青春をいきいきと描いた傑作小説。
銀行員ヨーゼフ・Kは、ある朝とつぜん逮捕される。理由はいっさいわからない。判事にきいても、弁護士にたずねても、なぜこんなことになったのか、教えられないまま、二人の男に〈犬のように〉殺されてしまう。〈不可解〉を通して人間の核心にせまるカフカの代表作。
「絶対的悪夢の戦慄すべき象徴化」と評されるディック初期の短篇作品群は、著者自らが語るように、後の長篇代表作の原型となるものである。廃墟を徘徊するミュータントの群れ、物質の奇襲される人間の恐怖、極限的なパラノイア状況など、ディック・ワールドの中核をなす自己と現実の崩壊の物語を中心とした選り抜き12篇に、本邦初訳、子供とロボットの交感とその悲劇的な結末を描いた「ナニー」を加えた傑作短篇集。
時は19世紀末。所は花の都パリで、小説家ユベール先生の書きかけ原稿から、突如として作中人物イカロスが逃げ出した。イカロスは同業の小説家に盗まれたにちがいない!ユベールは大追跡を開始する。ところがその頃、他の小説家の作中人物たちも作者の定めた運命を嫌い、いっせいに脱走をはかっていたのである…。新しい小説形式に挑み続けたクノーによるファンタジー。
不倫、親子の断絶、非業の死、そして《家族》の崩壊-。祭りのあとのような、やるせなさと倦怠感に毒されたこの時代、ひとは何をよりどころとして生きていけばよいのか。60年代の青春がたどりついた《家族》と《愛》の現在形。
幼い頃からフィギュアスケートに賭けてきた美也子は、いま大学生となって全日本選手権をめざしている。トリプルジャンプのための減量。恋人との葛藤。そして〓@50FCじていく拒食症。少女がであう、身体と精神と感情の揺れをみごとに描いた人間ドラマ。
ギリシア人、イタリア人、メキシコ人、アルメニア人…。さまざまな国から海を越えてやってきた移民たちを受け入れる国、アメリカ。子どもたちは仕事場で、街で、学校で、人生という厳しくもどこかこっけいな現実を、手さぐりで確かめながら生きてゆく。アルメニア系二世であることを誇りとするサローヤンが、自らの少年時代の思い出をこめて描く17篇の少年物語。
18××年初、イギリスのとある町の救貧院で、一人の男の子が生まれ落ちた。母親は、子どもを産むとすぐ、ぼろ布団の中で息をひきとった。孤児オリヴァーはその後、葬儀屋サワベリーなどのもとを転々、残酷な仕打ちに会う。ついにロンドンに逃れたオリヴァーを待ちうけていたのは狂暴な盗賊団だった…。若いディケンズが、19世紀イギリス社会の暗部を痛烈に暴露、諷刺した長編小説。
主人公の孤児オリヴァーの運命の星は、いっそう酷薄に、光を失ったままである。盗賊団の仲間ビル・サイクスに従って強盗に出かけた夜、オリヴァーは瀕死の重傷を負って仲間に置き捨てられる。かろうじて篤志なメイリー夫人に救われたオリヴァーの運命はしかし二転三転して…。『ピクウィック・クラブ』でユーモア作家として成功したディケンズが、ジャーナリト的立場をとって挑戦した初の社会小説。
ホテトル、ポーカーゲーム、ノミ屋、韓国クラブ、そしてビル乗っ取り-。新宿の街の奥には、欲望にかかわるものは、何でもある。その只中を、才覚と腕力を武器にして「事業」のためにすさまじい闘いをつづける「在日」の若者2人。いったいどうしてこんな世界に入ったものか。そんな思いも優しい心もひとまず措いて、今夜も渡る夜の河。
町を出た少年が迷い込んだのは、ゴーストでいっぱいのジャングルだった。耐えられぬ悪臭を放つもの、奇妙なかたちをして不思議なしぐさをするもの…。ヨルバ族に先祖から伝わる物語をふまえて、ドラム・ビートに乗せて紡ぎ出される幻想の世界。ナイジェリアに伝わる伝説をもとに紡ぎ出された幻想文学。『やし酒飲み』に続き西欧合理社会に衝撃を与えた傑作。
おとぎ話の世界には、古くからのいろんなきまりごとがある。たとえば…悪いドラゴンはセント・ジョージに滅ぼされるはず。良い娘は妖精から贈り物がもらえるはず。魔法をかけられた王女は王子に救われるはず…。ところがそんな“はず”をすべてはずして、思いがけない展開をみせるおとぎ話もある。イギリス・ヴィクトリア朝のひと味違う秀作をまとめた、文庫オリジナル版の楽しいフェアリーテール集。挿絵も多数収録。
漱石没後七十余年。その死によって中絶した遺作『明暗』を、漱石の諸作品からの引用をちりばめながら、漱石そっくりの文体、言い廻し、用語を駆使して完結させる。そんな無謀な試みを現代の女性が天衣無縫に実行してしまった。平成のまどろみを揺り動かすこれは事件だ。
タバコ会社に勤める32歳のファービアンは、失業者が増加し争いごとの絶えない騒然とした世の中を憂い、悶々とした日々をおくっていた。そんな彼に突然の解雇辞令、親友の自殺、恋人の身売りと次々に不幸がおそいかかる。失意の心を抱いて故郷へ帰った彼はそこで…。詩情的なかおりとユーモア、鋭い皮肉、揶揄、エレガントな機知と絶望的なメランコリー。ケストナー独自の才能をすべて盛りこんだ、唯一の本格的な長編小説。
セーヌの川底からお化け潜水夫に水死体が運び去られた。それを目撃したヴァランタン・ムーフラールも水死体となって、所もあろうにエッフェル塔の上に現われ、おまけに幽霊船『飛び行くオランダ人』号船長の契約書までも添えてあった。血の気の多いパリっ子を巻き込んで次々おこる怪事件、登場する怪人物、深まる謎…。エッフェル塔の構造の秘密という奇抜な着想から繰り出される奇想天外な物語。
巨万の財宝がねむる伝説の宝島探検にむかう一行のゆくてには、恐ろしい海賊の陰謀がまちうけていた。樽の中でのその陰謀を盗み聴いた勇敢なジム少年の大活躍。巨匠スティヴンスンの名を不朽にした海洋険小説の傑作と、身の毛もよだつ二重人格、分身の恐怖を描く『ジーキル博士とハイド氏』の2代表作を、野尻抱影の香り高い名訳でおくる。
繊細で激しく官能的な女たち。人びとの記憶の中で慕われ続ける女主人公ジューンを中心に、恋敵の二家族キャシュポー家とラマルチヌ家三代にわたる物語。アメリカ先住民チペワ族の女性作家アードリックによる「愛と魂の治癒術」。流麗で洗練されたものがたり。