2003年発売
仁術の士モーリス・ルヴェルは稀代の短篇作家である。面桶に慈悲を待つ輩、淪落の尤物や永劫の闇に沈みし者澆季に落涙するを、或いは苛烈な許りに容赦なく、時に一抹の温情を刷き、簡勁の筆で描破する。白日の魔を思わせる硬質の抒情は、鬼才の名にそぐわしい極上の〓〓である。加うるに田中早苗の訳筆頗る流綺。禍棗災梨を憂える君よ、此の一書を以て萬斛の哀〓を掬したまえ。
三十三年余の短い一生に、珠玉の光を放つ典雅な作品を残した中島敦。近代精神の屈折が祖父伝来の儒家に育ったその漢学の血脈のうちに昇華された表題作をはじめ、『西遊記』に材を取って自我の問題を掘り下げた「悟浄出世」「悟浄歎異」、また南洋への夢を紡いだ「環礁」など、彼の真面目を伝える作品十一篇を収めた。
ゲイのカップルの会社員マルオと編集者ヒカル。ヒカルと幼なじみの売れない小説家菊江。男から女になったトランスセクシャルな美容師たま代…少しハズれた彼らの日常を温かい視線で描き、芥川賞を受賞した表題作に、交番に婦人警官がいない謎を追う「主婦と交番」を収録した、コミカルで心にしみる作品集。
完全な密室で発見された残虐な刺殺体。周囲のぬかるみに足跡も残さず消えた犯人。そして現場の床に整然と敷き詰められた赤い紙の謎。幾重にも重なる奇怪な状況に警察は立ち往生するが、小二の御手洗少年は真相を看破する。表題作ほか名探偵・御手洗潔の幼少期を描いた「鈴蘭事件」収録。ファン垂涎の一冊。
女性の身でオレンジ郡保安官事務所の殺人課を仕切る巡査部長マーシ・レイボーンには、試練の事件だ。保安官事務所の身内であるアーチー・ワイルドクラフト保安官補の自宅で惨劇が起きたのだ。妻のグウェンがバスルームで射殺され、アーチー自身も頭部に銃弾を受けた人事不省の状態で発見されていた。状況から見て、妻を射殺したアーチーが自らにも銃口を向けた無理心中事件と思われる。しかも彼ら夫婦は身分不相応の邸宅に住み、収入以上の生活を送っていた。経済的に追い詰められたアーチーが、覚悟の行動を起こしたのだろうか?だが、マーシは割り切れないものを感じる。状況に不自然な点が多過ぎるうえ、周囲の語る事件前の夫婦の生活からは事件の前兆すら嗅ぎ取れないのだ。やがて昏睡から覚めたアーチーは記憶の一部を失っており、自らの無実を語ることも出来ない。マスコミの圧力が高まり、マーシの疑惑をよそにアーチーの起訴を急ぐ検察局。だが彼女は事件の陰に大きな闇の存在を感じはじめていた-『サイレント・ジョー』でアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞を獲得した著者が放つ、最新傑作。
福井市の南西、南北に細長い谷に四百年前の遺跡が眠っていた。戦国大名・朝倉氏がここ越前一乗谷に五代百年に亘って文化と芸術の華を咲かせた城下町跡である。天正元年(一五七三)朝倉氏は織田信長に滅ぼされ、一乗谷は灰燼に帰す。しかし朝倉義景は、四年に及ぶ戦いの中で信長を苦しめた男だった。本書は敗者の側から歴史を描いている。これまで朝倉義景は、学問芸術にうつつを抜かした凡愚な武将としてしか描かれてこなかったが、平和な時代ならば名君と評価されたはずである。その義景が戦国という時代に何を思い、何を望んでいたのか。そこに勝者の側からだけではわからない人間の哀歓を描くとともに、遺跡とともに埋もれた歴史の実相を探る。
お前の目論見は終わる。この命と引き替えだ! 切腹、闇討ち、毒殺。親しき友が血を流す様を「主家大切」一義のため原田甲斐はひたすら堪え忍ぶ。藩内の権力をほしいままにする伊達兵部は他の一門と激しく対立し、ついに上訴へと発展する。評定の場で最後の賭けに出る甲斐。すべては仙台藩安堵のために─。雄大な構想と斬新な歴史観の下に、原田甲斐の肖像を刻んだ歴史長編。
一度口にすれば、誰もが虜になる魅惑の食材の秘密。某国の外務大臣を癒す、恐るべきストレス解消法。ブラックな笑いと前人未到の恐怖に彩られた異色短篇集を召しあがれ。 (解説・山田正紀)
喫茶店「ブルーリップ」の美人ウェイトレスが自室で殺された。畳には大量の竹が敷き詰められ、その中央に全裸の遺体が横たわっていた。容疑者にはアリバイがあり、被害者には過去があり、目撃者には邪心があった。そこに現れたのが間暮警部。持ち前の美声で昭和の名曲を歌ってから言い放つ。「犯人はこの部屋の中にいます」-表題曲ほか『別れても好きな人』『四つのお願い』『ざんげの値打ちもない』など懐かしいヒット曲の裏に隠された真実が、いまここに明らかになる。
迷宮入りもやむなしと思われた事件が幾度、彼の手で解決されただろうか。3000体もの変死を扱った空前絶後の検死官・芹沢常行。鍛えられた勘と技術は「自殺」を「他殺」に変え、意外な真犯人を暴き出す。人呼んで「逆転検死官」。ワトソン役の作家・山崎光夫がその奥義に迫り、難事件の真相解明に挑んだ。
弟は隣家から聞こえてくるユーモレスクが好きだった。六年前に行方不明になった弟・真哉。鏡合わせに一棟を分けた隣家は、それ以来「近くて遠い」場所となった…。不在の人の記憶が紡ぎ出す切ない物語。