2003年発売
白熱の太陽が眩しい南の島への社員旅行ー上司のお供で桂木が訪れた先は実弾射撃場だ。まだ若い日本人オーナー…引き締まった体躯、猛々しい野生に生きる獣めいた匂いを放つ、その男…柴田との強烈な出会い。そして、射撃場で起きた一つの事件が引き金となって、桂木は柴田から屈辱的で、底なしの愉悦に満ちた一夜をもたらされることに…。しかし、皮肉な運命の悪戯は二人を弄び…。
1914年春、パリで警察署へ放火した容疑で手配されている無政府主義者の青年が、ロンドンで拘束された。身柄引き渡しの裁判が始まるが、青年は弁護士を通してある告発をする。自分をフランスへ引き渡すなら、英国王室の驚くべきスキャンダルを暴露するというのだ。いち早く情報をつかんだランクリン大尉は、ただちにその青年、グローヴァーの弁護士に接触する。やがて入手した「スキャンダル」の中身は-彼は、自分が現英国国王の息子であり、王位の継承者であると言うのだ。若き日の母親が、ポーツマスで海軍勤務だった頃の皇太子と情を通じた証しが自分である、と。しかも、当の母親は息子の言葉を裏付ける手紙を残して、突如失踪していた。ランクリンたちの調査でも、それを否定するような事実は発見されない。では、告発は真実なのか?だとしたら、いったいどんな影響が?国王のフランス公式訪問を間近にひかえ、スキャンダルの可能性に震撼した王宮は、情報局に圧力をかける。何としても真相を探り出し、もしもそれが真実ならば、闇に葬りたい。ランクリンと相棒のオギルロイは、いつもと勝手の違う仕事に戸惑いつつも調査にあたる。だが、グローヴァーとその母親の背後には、フランス無政府主義者たちの影が見え隠れしはじめた…。激動の時代に、誇りのために、そしてまた時には誇りを捨てても、熱く闘う人々の姿を描く、巨匠の渾身作。『スパイの誇り』『誇りへの決別』『誇り高き男たち』に続く冒険スパイ小説シリーズ最新刊。
一九二三年、夏。ハーディング大統領は、遊説先のサンフランシスコで謎の死を遂げた。大統領は生前、「おそろしい秘密を知ってしまったら、きみはどうするかね?」と、誰かれなくもらしては、怯えていたという。暗殺の可能性もささやかれるなか、死亡前夜に大統領が奇術ショウに特別ゲストとして参加していたことから、ショウの直前に大統領と二人きりで打ち合わせを行なった、人気奇術師のカーターに暗殺の嫌疑がかけられる。シークレット・サーヴィスや新聞記者、そして奇術のライバルたちが、カーターの背後関係を洗い始めた。カーターが一介の奇術師から、ショウの真打ちに出世するまでには、あのフーディーニを巻き込み、関係者に死者も出すような、相当あぶない駆け引きがあったらしいが…フーディーニと並び称された実在の大奇術師チャールズ・カーターが仕掛けた、歴史をも動かす最高のイリュージョンとは。
最愛の妻を亡くし、失意の底にあった奇術師カーターにもたらされた二つの救い-一つは、ハーディング大統領から託された秘密で、完成はまだ夢物語とされていたテレビジョンの設計図。もう一つは、盲目の女性フィービとの出会いだった。だがある日、彼がフィービとのデートから帰ると、家が何者かに荒らされていた。賊の狙いは設計図では?カーターは開発を急ぐが、あと一歩のところで設計図を盗まれてしまう。ショウへの投資で破産寸前の彼は、テレビジョンを使った新しいイリュージョンを企画するが…果してテレビジョンの完成はなるか?そして大統領の怪死の謎は?カーターは一世一代の大マジックに挑む!歴史上の謎とされるハーディング大統領の怪死と世紀の発明であるテレビジョンの開発秘話。これに、実在の天才奇術師の波瀾の半生を絡めて、華やかな奇術ショウを背景に描く、エンターテインメント超大作。
「近藤、こいつをおれだと思って持っていってくれ」そう言って、真鍋はスイス製の高価なクロノメーターを突き出した。「おれの代わりにこいつを出撃させてやってくれ。おれたちは一蓮托生だ」九七式艦上攻撃機の乗員である一等飛行兵の近藤(操縦員)、鈴原(電信員)、真鍋(偵察員)の三人は、海軍鹿児島基地での猛訓練を経て、いままさに実戦に臨もうとしていた。出撃命令の下らなかった真鍋を残し、近藤らはオワフ島の北方二百三十海里の海上でハワイ空襲部隊の旗艦・空母『赤城』から飛び立つべく、自機に搭乗した-。昭和十六年十二月八日。若き飛行兵たちを通して真珠湾攻撃のすべてを描く、鳴海章渾身の書下し長篇大作。
ト・ツ・レ“突撃隊形制レ”…。土手っ腹だ、土手っ腹をねらえ!照星、照門が重なり敵艦・ウエストバージニアの中央-ちょうど煙突と煙突の間にぴたりとのった。「射っ」八百三十キロの魚雷を投下した九七式艦上攻撃機は、近藤の意志とはかかわりなく、ふわりと浮かびあがった。「魚雷は?」「走ってます!」鈴原は白い航跡を曳きながら敵艦に向かって真っ直ぐ走る魚雷の姿を捉えた。「右舷甲板に対空砲。鈴原、撃て!」九七艦攻の旋回機銃とウエストバージニアの対空機関砲が真っ向からむきあった。鼻先を薄緑色の曳光弾が唸りをあげる。衝撃波が顔を打つ。鈴原はのけぞり、そのまま側壁にたたきつけられた-。迫真、長く短い真珠湾攻撃の一日。
少年や少女を主人公にした痛快な冒険談2篇と「アリスが消えた」「送っていくよ、キャスリーン」「階下で待ってて」…粒よりの名作5篇に、本邦初訳2篇を収録する。
丘の上に二人きりで暮らす老夫婦と、子供たちやたくさんの孫、友人、近所の人たちの心温まる交流。妻の弾くピアノの練習曲、夫の吹くハーモニカの音色。孫たちが飼っている小動物、庭に来る小鳥、そして丹精されたつるばら。どこにもある家庭を描きながら、日々の生活から深い喜びを汲み取る際立った筆致。一貫して「家族」をテーマに書き続けて来た、庄野文学五十年の結実。
夏樹果波は、幸福の絶頂にいた。仕事で成功した夫、高層マンションでの新しい生活。ところがそんな矢先、子供を身ごもった。予期せぬ妊娠だった。中絶という苦渋の選択をした瞬間から、果波の精神に異変が起こり始める。精神の病か、それとも死霊の憑依なのか。科学と心霊の狭間で、夫と精神科医が治療に乗り出すが、二人の前には想像を絶する事態が待ち受けていたー。男女の問題。性の迷宮。生命の神秘。乗り移られる恐怖。心の中の別の人。『13階段』の著者が描く、戦慄に満ちた愛の物語。
徳川旗下の武将・水野忠重の嫡男勝成は、十六歳の時遠州高天神城での初陣で手柄を立てた豪勇の士であったが、ささいなことで人を斬り出奔。豊臣秀吉、佐々成政、黒田長政に仕えた後、関ヶ原の合戦前に徳川家に帰参する。その男の意地を貫き通した爽快な一生を描いた表題作の他、珠玉の短篇9本を収録。
「半どのに、会いとうて、ここへ来た…」はじめて女の体を教えてくれた於蝶と再会した半四郎。二人の忍びの交わりは戦場に熱く燃える。が、ただ独り信長の首を付け狙う於蝶との愛撫は、立場の違う半四郎の運命を変えてゆく。信長の小谷城攻めのさなか、決死の忍び働きに出た二人はかつての味方に包囲され散り散りになるが…。
於蝶とともに信長の本陣を襲ったあの夜、半四郎は織田軍の中を必死に逃げのびた。五年余、かつて自分を弟のように扱ってくれた鳥居強右衛門にめぐりあい、織田・徳川の前衛として孤立した長篠城に立て篭る。信長を討つことに執念を燃やす於蝶はどこかで生きているのだろうか。於蝶の悲願も空しく、天正六年、安土城は完成した。
信長の対抗勢力は次第に駆逐されつつある。於蝶の胸に密かな決心が湧きあがった。高遠攻めの本陣で、信長の長男、信忠はふとめざめた。(女忍びか…おれの寝首を掻きに来た)一瞬、於蝶の呼吸はおもわずゆるんだ。織田信忠は類い稀な美貌であった。信忠の手が於蝶の下着にふれる…。天下動乱をよそに女忍びの血はせつなく騒いだ。
戦争文学の「幻の名作」として本篇ほど長く文庫化が待望された作品はない。中国雲南の玉砕戦から奇跡の生還をし、郷里で老いてゆく二人の兵士。戦争とは何か。そして国家とは?答えられぬ問いを反復し、日々風化する記憶を紡ぎ、生と死のかたちを静謐に語る。この稀有な作家でなければ到達しえなかった清澄な文学世界である。
無類の刀好きだった秀吉は膨大な量の名刀を収集していたが、中に「にっかり」という不思議な名と由来をもつ一腰があったー。古来、刀は武器としてのみならず邪を祓い、身を守護すると信じられた。ゆえに、武将たちは己の佩刀に強いこだわりを抱いた。知将、猛将と謳われた武人たちと名刀との不思議な縁を描く傑作短篇集。
晩夏酷暑の或る日、郊外の風癲病院の門をひとりの青年がくぐる。青年の名は三輪与志、当病院の若き精神病医と自己意識の飛躍をめぐって議論になり、真向う対立する。三輪与志の渇し求める“虚体”とは何か。三輪家四兄弟がそれぞれのめざす窮極の“革命”を語る『死霊』の世界。全宇宙における“存在”の秘密を生涯かけて追究した傑作。序曲にあたる一章から三章までを収録。日本文学大賞受賞。