小説むすび | 2016年7月発売

2016年7月発売

第三帝国第三帝国

遺稿から発見された初期の重要作  ウド・ベルガーはウォーゲーム(戦争ゲーム)のドイツ・チャンピオン。恋人のインゲボルクと初めてのバカンスを共に過ごすため、カタルーニャの海岸地方を訪れた。ここで第二次世界大戦をモデルにしたゲーム〈第三帝国〉の新たな戦法についての記事を書こうとしている。  二人は近くのホテルに滞在中のドイツ人カップル、チャーリー(カール)とハンナと出会い、〈狼〉、〈子羊〉、〈火傷〉という地元の若者と知り合う。記事が捗らないまま日々が過ぎ、ある日、サーフィンの最中にチャーリーが行方不明になる。夏が終わりに近づくがチャーリーはいっこうに見つからず、ハンナ、そしてインゲボルクはドイツに帰国する。ウドはなおもホテルに留まり、ホテルのオーナー夫人、フラウ・エルゼに言い寄りながら、〈火傷〉を相手に〈第三帝国〉をプレイし続ける。ウド率いるドイツ軍の敗色が濃厚になるなか、現実を侵食しつつあるゲームの勝敗の行方は……。  1989年に書かれた本書は、作家の遺稿の中から発見され、2010年に刊行された。日記風の体裁や、現実と虚構の中で得体の知れない暴力や恐怖に追い詰められていく点で、後年の『野生の探偵たち』や『2666』の要素を先取りする初期の重要作。

ペルーの異端審問ペルーの異端審問

本書は、ノーベル賞作家マリオ・バルガス・リョサが高く評価する日系ペルー人作家、フェルナンド・イワサキの本邦初訳作品である。中世南米ペルー副王領の首都リマで、異端審問沙汰となった性にまつわる数々の珍事件を、一七の短編に再構成した異色の作品集だ。  異端審問といえば、一般には拷問・迫害・蒙昧主義のイメージが色濃く、芸術性やユーモアと結びつけた作品はほとんど見当たらない。しかし著者は、人間性に対する鋭い洞察とみごとな筆致で、凄惨な歴史を極上の文学作品に精錬した。好色な聴罪司祭、悪魔に憑かれた修道女、男色司教に淫らな女性信者たち……?のような本当の話を裁判記録から精選し、軽妙な読み物に仕立て、読者を抱腹絶倒させることに成功している。罪を逃れようと屁理屈を並べる被告人、困惑した異端審問官たちが下す牽強付会の判決、書記が性的要素を隠そうとするあまり、かえってその淫靡さが際立たってしまった調書の文言……読みながら思わず笑いが漏れるとともに、一抹の物悲しさがよぎる。被告の多くは結局重い罰を科され、不遇のうちに人生を終えるからだ。果たして彼ら彼女らの罪は?神なのか、それとも人として自然な肉欲を隠さなかったことで俗世の権威と秩序を侵したことなのか。諧謔に満ちた物語が、いまなお温存されるカトリック社会の欺瞞を鋭く照らしだす。  バルガス・リョサは、本書に寄せた「序文」で次のように述べる。「本書の魅力あふれる(ときに残酷な)物語は、リマ社会の裏に息づく官能と肉欲の炎を示してくれる。その炎は偏見や禁忌、迫害に抑えつけられたがために、かえって燦然と燃えあがったとも言える」。  著者フェルナンド・イワサキは、二〇一五年にスペイン王室も主催に名を連ねるドン・キホーテ・ジャーナリズム賞を受賞したこともあって、近年世界的に評価が高まりつつある。またこれまでに数回来日、作家逢坂剛氏との対談や東京大学での講演を行っている。ラテンアメリカ文学の次なる名手をお探しの読書家に、自信をもってお薦めする。(やえがし・かつひこ やえがし・ゆきこ/翻訳家) 序文:マリオ・バルガス・リョサ ★巻頭推薦文:筒井康隆

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