著者 : 三浦哲郎
自我の揺らぎ、時空間の拡張、境界線の認識…。これまでにない人間像と社会の変容を描くべく、作家たちは世代を超えてさまざまな実験を展開し、編集者たちは意欲的な試みを掲載した。創刊から四半世紀を迎え、進みつづけた『群像』は、「戦後文学」の豊饒な沃野となってゆく。第二弾は昭和後期から平成にかけての十八篇。
短篇の名手が贈る凝縮された作品群「モザイク」第3集。忘れかけていた人生の情景が鮮やかによみがえる。あれは、いつ、どこで見た、なんの模様だったろう-。遠い日の父の記憶を描く表題作など珠玉の小説17篇。
父の事故死、母の出奔で別々に育てられた姉弟が、十年ぶりに再会した。以来、十七歳の弟は、二十歳の姉を週末ごとに訪ねる。夜、姉の布団で幼子のように身を寄せながら、歳月の重さと互いの愛の深さにおののく二人。その年、北国の町では怪しげな商事会社が暗躍し、孤独な二人に危険な人間関係がからみつく。百日紅の咲かない寒い夏に出会ってしまった、姉弟の一途な愛の行方は。
歯科医院で働く二十歳の姉と、自動車修理工場で働く十七歳の弟。父の死、母の出奔により別々に育った姉弟が十年ぶりに再会したその年、北国は百日紅の咲かない寒い夏を迎えていた。怪しげな商事会社の暗躍、それぞれのどうにもならない愛情問題、お互いの心の奥底の欲求…育まれた悲劇の芽は次第に大きく育ち、巨木となって二人に襲いかかった。北国の姉弟の悲しい運命を静かに描き上げる三浦文学の新しい結晶。
夫が出稼ぎに発った晩から激しくなるばかりのからだのほてり。東北の海辺の町に住む35歳の浜浦登世は、自分でも不可解な性の衝動を抑えきれなくなり、幼なじみの英子に相談を持ちかける。やがて英子は病気で入院し、皮肉なことに登世はその留守中に近づいてきた英子の夫・聖次を受け入れてしまう。ある日、抱擁の現場を息子に覗かれ…。性に翻弄されて狂ってゆく平凡な女の運命。
不倫の場を覗かれた日から、貧しいながらも幸福な家庭に魔の影が忍び寄る。脅迫者に豹変した息子と娘は共謀して登世をゆすりだし、愛人にもやがて捨てられる。流産、結核の兆候、際限なくエスカレートする子らの要求…。追い詰められた登世は、パート先の事務長にからだを買われることに。破滅へと加速度的に転がる坂道。人間の内に潜む性の魔性を照射して新境地を拓いた長編。
一家の暗い宿命を負って生きた母が、九十一歳で長かった辛い人生を終えようとしている。その死の前後を静謐な文章で淡々と綴った、母への絶唱「愁月記」他、久しぶりに肉親たちや著者自身に関わる作品ばかりで編んだ待望の短篇集。七篇の収録作は、それぞれ『忍ぶ川』『白夜を旅する人々』など、著者自らの運命の系譜を辿る諸作品に連なるもので、短篇の名手が遺憾なく真骨頂を発揮する。
都会を捨てた一家が静かな高原で営むペンション〈モーツァルト荘〉。ラジカセのロックで踊り狂い、奇妙な忘れものを残していく若夫婦、駆け落ちカップルを囲む不思議な晩餐会、月夜に前庭で舞う裸婦、そしてクリスマス・イブに化けて出るのは狐?四季折々、訪れる老若男女が起こしていく事件ともいえない波紋の数々-。彼らが奏でる人生の協奏曲を円熟の筆で伝える連作小説集。
著者の故郷を舞台にそこに住む人々とその暮しを描く。厳しい自然と対峙する強靭な生命力のしたたかさ。優しく哀しくユーモア滲む短篇の名手・三浦哲郎の瑞々しき豊饒の世界。「金色の朝」「がたくり馬車」「沈丁花」ほか〈故郷〉の匂い染み込む作品群十六篇。新境地を拓いた著者ならではの短篇集。
昭和の初めの東北、青森ー。呉服屋〈山勢〉の長女と三女は、ある重い運命を負って生まれついた。自らの身体を流れる血の宿命に脅えたか、心労の果てに新たな再生を求めたか、やがて、次女は津軽海峡に身を投げ、長男は家を出て姿を消した。そして長女もまた…。必死に生きようとして叶わず、滅んでいった著者自身の兄姉たちの足跡を鎮魂の思いでたどる長編小説。大仏次郎賞受賞作。
うわべは優雅な村人であった亡父の形見の六連発の拳銃。母の心臓に、雷に打たれたようにある六つの小さい深い穴。さりげない筆致と深く暖かな語りのうちに、生きていることの根に、静かな声援をおくる三浦哲郎の鮮やかな短篇連作の世界。野間文芸賞受賞。
家庭生活の光と影のあわいを描いた初期の「結婚」から、母の死を看取った単行本未収録の「愁月記」等最新作まで、著者の肉親や身辺に題材を取った名作23篇。