著者 : 小川洋子
第二次世界大戦下の一九四二年、アンネ・フランクは、十三歳の誕生日に父親から贈られた日記帳に、思春期の揺れる心情と「隠れ家」での困窮生活の実情を彩り豊かに綴った。そこに記された「文学」と呼ぶにふさわしい表現と言葉は、いまを生きる私たちに静かな勇気と確かな希望を与えてくれる。
「だって人は誰でも、失敗をする生きものですものね。だから役者さんには身代わりが必要なの。私みたいな」帝国劇場の『レ・ミゼラブル』全公演に通う私が出会った「失敗係」の彼女。金属加工工場の片隅で工具たちが演じるバレエ『ラ・シルフィード』。お金持ちの老人が自分のためだけに建てた劇場で、装飾用の役者となった私。-さまざまな“舞台”にまつわる、美しく恐ろしい8編の物語。
こうして書棚の秘密は私とB、二人だけのものになったーハリウッド俳優Bの泊まった部屋からは、決まって一冊の本が抜き取られていた。Bからの無言の合図を受け取る客室係…。“移動する”六篇の物語。
小箱の番人、歌でしか会話ができないバリトンさん、息子を失った従姉、遺髪で竪琴の弦をつくる元美容師…「おくりびと」たちは、孤独のさらに奥深くで冥福を祈っている。『ことり』以来7年ぶりの書下ろし長編小説。
全世界で聴かれているNHK WORLD-JAPANのラジオ番組で、17の言語に翻訳して朗読された作品のなかから、人気作家8名の短編を収録。儿帳面な上司の原点に触れた瞬間。独り暮らしする娘に母親が贈ったもの。夫を亡くした妻が綴る日記…。異国の人々が耳を傾けたショートストーリーの名品、オリジナル文庫アンソロジー。
かつて愛し合い、今は離ればなれに生きる「私」と「ぼく」。失われた日記、優しいじゃんけん、湖上の会話…そして二人を隔てた、取りかえしのつかない出来事。14通の手紙に編み込まれた哀しい秘密にどこであなたは気づくでしょうか。届くはずのない光を綴る、奇跡のような物語。
盲目の祖父の足音と歩数のつぶやきがひとつに溶け合い、音楽のようになって僕の耳に届くー稀代のピアニスト、グレン・グールドにインスパイアされた短篇「測量」。ほか、女優のエリザベス・テイラー、作家のローベルト・ヴァルザー等、世界のどこかで秘かに異彩を放つ人々をモチーフに、その記憶、手触り、痕跡をひとつらなりの物語世界に結晶化。静かな人生に突然訪れる破調の予感をとらえた美しく不穏な10の流星群。
サリンジャーの「バナナフィッシュにうってつけの日」、村上春樹の「貧乏な叔母さんの話」、内田百〓の「冥途」など、5つの物語に登場する“この世にないもの”を小川洋子が注文し、クラフト・エヴィング商會が探し出す…。はたして「ない」はずのものは、注文主に届けられるのか?現実と架空が入り混じる世界で、2組の作家が想像力の火花を散らす前代未聞の小説。
魔犬の呪いから逃れるため、パパが遺した別荘で暮らし始めたオパール、琥珀、瑪瑙の三きょうだい。沢山の図鑑やお話、音楽に彩られた日々は、琥珀の瞳の奥に現れる死んだ末妹も交え、幸福に過ぎていく。ところが、ママの禁止事項がこっそり破られるたび、家族だけの隔絶された暮らしは綻びをみせはじめる。
ペンネームの一部に「動物」が隠れた人気作家による、それぞれの動物をテーマとした異色の短編集。不吉とされる黒い子羊を飼う、村で唯一の託児所の物語(小川洋子「黒子羊はどこへ」)、牧場の経営者が亡くなった。犯人を推理するのは馬!?(東川篤哉「馬の耳に殺人」)、高校の新聞部の友人と共に白いカラスの謎を探っていたはずが…(似鳥鶏「蹴る鶏の夏休み」)等、バラエティに富んだ五作を収録。
短篇と短篇が出会うことでそこに光が瞬き、どこからともなく思いがけない世界が浮かび上がって見えてくるー川上弘美「河童玉」、泉鏡花「外科室」など魅惑の短篇十六篇と小川洋子の解説エッセイが奏でる極上のアンソロジー。
ペンネームに「動物」がひっそりと隠れた作家が紡ぐ「動物」をテーマにした物語。嵐の夜に海からやってきた羊や、男子大学生の心を惑わせる鹿、偽占い師がさがしている兎、なぜか体中が傷だらけの鶏、関西弁で事件を解決する馬など、“アニマルな作家”たちによる異色の競演。
人間の言葉は話せないけれど、小鳥のさえずりを理解する兄と、兄の言葉を唯一わかる弟。二人は支えあってひっそりと生きていく。やがて兄は亡くなり、弟は「小鳥の小父さん」と人々に呼ばれて…。慎み深い兄弟の一生を描く、優しく切ない、著者の会心作。
たっぷりとたてがみをたたえ、じっとディープインパクトに寄り添う帯同馬のように。深い森の中、小さな歯で大木と格闘するビーバーのように。絶滅させられた今も、村のシンボルである兎のように。滑らかな背中を、いつまでも撫でさせてくれるブロンズ製の犬のように。-動物も、そして人も、自分の役割を全うし生きている。気がつけば傍に在る彼らの温もりに満ちた、8つの物語。
妹を亡くした三きょうだいは、ママと一緒にパパが残した古い別荘に移り住む。そこで彼らはオパール・琥珀・瑪瑙という新しい名前を手に入れた。閉ざされた家のなか、三人だけで独自に編み出した遊びに興じるうち、琥珀の左目にある異変が生じる。それはやがて、亡き妹と家族を不思議なかたちで結びつけるのだが…。
使用済みの絵葉書、義眼、徽章、発条、玩具の楽器、人形専用の帽子、ドアノブ、化石…。「一体こんなもの、誰が買うの?」という品を扱う店ばかりが集まっている、世界で一番小さなアーケード。それを必要としているのが、たとえたった一人だとしても、その一人がたどり着くまで辛抱強く待ち続けるー。
「何の遠慮もいりません。元々は忘れ物なのですから」。キャンディー屋の中に設えられた『忘れ物図書室』。部屋には世界中の不思議なおとぎ話たちが収められていた…。画家・樋上公実子のイラストをモチーフに、作家・小川洋子が紡ぎだした残酷で可憐な四編の物語。
作家の“私”はなかなか思うように執筆がはかどらない。小説の取材で、宇宙線研究所や盆栽フェスティバルなど、様々な地を訪れる“私”だったが、いつも知らず知らずのうちに不思議な世界へと迷い込んでしまう。苔料理を出す料亭、海に繋がる大浴場、ひとが消えてゆくアートの祭典。これは果たして現実なのか。幻と現の狭間で、作家は日々の出来事を綴り続けるー。日記形式で紡がれる長編小説。
この箱を開くことは、片手に顕微鏡、片手に望遠鏡を携え、短篇という名の王国を旅するのに等しいー「奇」「幻」「凄」「彗」、こだわりで選んだ16作品にそれぞれの解説エッセイを付けて、小川洋子の偏愛する小説世界を楽しむ究極の短篇アンソロジー。