著者 : 小竹由美子
ある島の〈ノアの箱船〉の物語 ブッカー賞ほか最終候補作 優生学の名のもと、実在の島マラガに起きたことを題材に、美しい詩的文体で描きだすある島の年代記。 一七九二年、逃亡奴隷のベンジャミン・ハニーはアイルランド出身の妻ペイシェンスと共に様々な林檎の種を持ってメイン州の小さな無人島にやってきた。ふたりは苦労して林檎園を作り上げ、島はアップル島と呼ばれるようになる。 それから約百年、ハニー家の子孫と肌の色も様々な島民は、豊かな自然のなかでつましくもひっそりと穏やかに暮らしていた。そこへ一九一一年、理想に燃える白人の元教師マシュー・ダイアモンドがやってくる。ベンジャミンのひ孫にあたるエスターは、ダイアモンドの善意は理解しながらも心をざわつかせるが、彼の指導で何人かの子どもたちは絵画や語学、数学の才能を花開かせていく。 ある日突然、本土から知事の命で委員たちがアップル島の視察に現れる。いきなり子どもたちの頭に測定器を当ててなにやら書き留め、子どもたちは怯え、大人たちは反発する。やがて島と人々を襲う大きな悲劇とはーー。 刊行直後から話題を呼び、ブッカー賞、全米図書賞、国際ダブリン文学賞などの最終候補作に選出された。美しく痛切な祈りの物語。
わたしたちはどんな痛みからも解き放たれる。泳いでいる、そのときだけは。過食、リストラ、憂鬱症ーー地下の市民プールを愛し、通いつめる人達は、日常では様々なことに悩み苦しんでいる。そのうちのひとり、アリスは認知症になり、娘が会いに来ても誰なのかわからなくなって、ついに施設に入ることになる。瞬時にきえてしまうような、かけがえのない人生のきらめきを捉えた米カーネギー賞受賞作。
優しくしてくれる夫。でも、今夜、あなたは私を殺そうとしているでしょう? 15歳で結婚し、16歳で亡くなったと、わずかな記録しかイタリア史に残されていない主人公ルクレツィア・ディ・コジモ・デ・メディチ。『ハムネット』でシェイクスピアの妻を鮮やかに蘇らせた著者が、政略結婚の末に早世した少女の「生」を力強く羽ばたかせる。スリリングな展開と大胆なラストで、イギリス文学史に残る傑作長篇小説。
姉が弟の遺体を浄める。本来これは同性の仕事なのだが、姉は自分がやると主張したー。亡き弟の思い出を情感豊かに紡ぐ「浄め(グスル)」。アメリカの女の子として成長してきたアラブ系移民2世の“わたし”と、波乱の人生をおくった伯母の物語に、窓から飛び降りた女が女神と邂逅する幻想的な光景を織り込んだ「マナートの娘たち」。#MeToo運動以前の映画産業で、あるインターンの女性が受けたハラスメントを描き、問題提起する「懸命に努力するものだけが成功する」。新聞記事や手紙、メールの文章、リアリティー番組の台本やSNS投稿など虚実取り交ぜた多彩な媒体のコラージュで、フロリダで実際に起こったシリア・レバノン系移民夫婦のリンチ事件を核に、アメリカという国家に潜む暴力性や異質なものを排除しようとする人間の本質を浮かび上がらせる野心的な傑作「アリゲーター」。過酷な現実を生きる人々に寄り添い、多様な声を届けようとする全9篇。現代アメリカ文学の新鋭による鮮烈なデビュー短篇集!
記憶は消えても悲しみは消えない アイダホの山中に住む音楽教師アンは、夫ウエイドのかつての家族のことを何年も思い続けている。9年前、一家が薪を取りに出かけた山で、ウエイドの前妻ジェニーが末娘メイを手にかけ、上の娘ジューンはその瞬間を目撃、ショックで森に逃げこみ失踪した。長女の行方を必死に捜し続けてきたのに、最近のウエイドは若年性認知症の影響で、事件のことも娘がいたこともわからないときがある。ジェニーは、罰を受けること以外、何も望まず誰とも交わらずに服役してきたが、新たな同房者とあることを機にぎごちないやりとりが始まる。アンは夫のいまだ癒えぬ心に寄り添いたいと願い、事件に立ち入ることを躊躇いながらも、一家の名残をたどり、断片を繋ぎ合わせていく……。 凄惨な事件を核としながら、本書が目を凝らすのは事件そのものではなく、人々の心の動き。人の心の襞をひとつずつそっとめくるように静かに物語は進む。また、厳しく美しいアイダホの大自然の描写も魅力的で、もうひとつの主人公ともいえる。 日常が一瞬で打ち砕かれる儚さ、愛よりも深い絆、贖罪を、静謐な筆致で鋭く繊細に描く珠玉のデビュー長篇。2019年度国際ダブリン文学賞受賞作。
あの名作誕生の舞台裏には、400年前のパンデミックによる悲劇があった! シェイクスピアは、なぜ亡き息子の名を戯曲の題にしたのか? 夫がロンドンで働く父親不在の一家で子ども達を守り、ペスト禍で奮闘する不思議な能力をもった女性アグネスーー。史実を大胆に再解釈し、従来の悪妻のイメージを一新する魅力的な文豪の妻を描いて、イギリス中で喝采を浴びた女性小説賞受賞作。
イスラエルの砂漠にある秘密基地の独房。看守は将軍の命令で囚人Zを監視している。長年二人きりで、彼らは親交を結んでおり、囚人Zは毎日将軍に手紙を書いて看守に託している。この奇妙な関係が始まったのはなぜなのか。ユダヤ系アメリカ人の学生からイスラエルの諜報員になった囚人Zの、悲惨で数奇な人生とは。『アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること』でフランク・オコナー国際短編賞を受賞した著者、渾身の雄編!
母も、祖母も、その母も、私たちはこの胸の痛みと生きてきた。黒髪でとびきり美人のサブリナ。あなたはどこで道を間違えたの? コロラド州デンバーのラテン系コミュニティ。女たちは若くして妊娠し、男たちは身勝手に家を飛び出す。従来の移民文学「らしさ」にとらわれず、やるせない日常を逞しく生きる彼女たちの、声なき叫びを掬い上げた鮮烈なデビュー短篇集。全米図書賞最終候補作。
どうしてうまくいかないの? こじらせリケジョの愛と家族と人生のものがたり。得意だったはずの化学の研究はうまくいかず、博士号取得はドロップアウト寸前。同棲中の彼からのプロポーズにも答えが出せず……。血のにじむ努力で移民してきた両親の期待に応えられない自分を持て余した、理系女のこじれた思いが行きつく先はーー。PEN/ヘミングウェイ賞を受賞した中国系アメリカ人作家のデビュー作。
半世紀前、後のノーベル賞作家はそのデビュー時から「短篇の女王」だった。行商に同行した娘は父のもう一つの顔を目撃し、駆出しの小説家は仕事場で大家の不可思議な言動に遭遇する。心を病んだ母を看取った姉は粛然と覚悟を語り、零落したピアノ教師の老女が開く発表会では小さな奇跡が起こるーー人生の陰翳を描き「短篇の女王」と称されるカナダ人ノーベル賞作家の原風景に満ちた初期作品集。
第二次世界大戦中のアメリカで、強制退去によって追われた日系人の一家。 彼らはユタ州の砂漠にある収容所に送られる。家族それぞれの視点から語られる、有刺鉄線の内側で過ごす日々……。 オオツカの長編デビュー作、待望の新訳。 「かつて、「日本人」であるというだけで、囚われたひとたちがいる。ひどいめにあわされたひとたちがいる。かれらの普通の日々を狂わせたのは、「神」だった」 ーー温又柔(小説家) 「歴史のけたたましい音の下でひっそりと息を殺していた、名もなき声の数々が、物語のなかでこだまする。不穏で、残酷で、そして美しい言葉が」 ーー藤井光(アメリカ文学研究者) 【内容紹介】 カルフォルニア州バークレーで暮らす日系アメリカ人家族に突然訪れた不幸。 パール・ハーバーの夜、父親が尋問のためFBIに連行された。 そして翌1942年春のある晴れた日、街のいたるところにあの告知が現れた。「強制退去命令十九号」。 残された母親とその子ども二人が、込み合う列車に乗り込み、たどり着いたのは、ユタの埃っぽい砂漠の有刺鉄線で囲われたバラックの町だった…。 「天皇が神だった」あの時代、名もなき家族の人生が深く、大きくゆさぶられる…。 『屋根裏の仏さま』でPEN/フォークナー賞を受賞した、ジュリー・オオツカのデビュー作が小竹由美子の新訳で復刊。 強制退去命令十九号 列車 あのころ、天皇は神だった よその家の裏庭で 告白 訳者あとがき
本人が思っているよりは有名な作家フワン・ディエゴは、死んだ友人との古い約束を果たすため、ニューヨークからフィリピンへの旅に出る。独身作家のこの感傷旅行は、いつしか道連れとなった怪しい美人母娘との性的関係を深めつつ(ただしバイアグラ頼み)、夢となって現われる少年時代の記憶に彩られてゆく。メキシコで生まれ育ったフワン・ディエゴは14歳。人の心が読め、ちょっとした予知能力を持つ13歳の妹ルペといつもいっしょだ。娼婦で教会付きの掃除婦でもある母は育児放棄同然。ゴミ捨て場のボスが兄妹を庇護していた。燃えさかるゴミの山から本を拾いだしては独学で学ぶフワン・ディエゴに、心優しい修道士が目をかける。ある日、不慮の事故で足に障碍を負った少年は、妹とともに教会の孤児院に引き取られ、やがて“驚異のサーカス”へ。悲喜劇の巨匠による、待望の最新長篇!
フワン・ディエゴとルペの兄妹が肌身離さず抱えているコーヒー缶にはー教会で突然こと切れた母と、ルペの初恋のアメリカ人兵役拒否者、死んだ子犬、教会の聖母像のもげた鼻、それらぜんぶのー遺灰が入っていた。“驚異のサーカス”にライオンの読心術師として迎えられたルペは、自分と兄の未来を予見して、ひそかにある行動を決意する。ルペの死後、思いがけないカップルの養子となったフワン・ディエゴは、アメリカで新たな人生を歩みはじめる。40年後、54歳のフワン・ディエゴは、雪のニューヨークから香港を経てようやくフィリピンに到着。創作科の元教え子で現地の人気作家となったクラークに鬱陶しいほど歓待される。リゾートに滞在するフワン・ディエゴの前に、謎のセクシー母娘がまたもや出没。現在と過去を行きつもどりつする作家の旅は、いったいどこへー?デビューから半世紀、ひとの一生をまるごと描き、現代文学を切り拓いてきたアーヴィングの、14作目の最新長篇!
人生の岐路を描いた7つの物語。父譲りの短篇の名手による、鮮やかな初作品集! 親友のランナーがゴール前で見せた、奇跡の追い上げ。和やかな送別会から突如勃発する乱闘騒ぎ。トラウマを乗り越えるため参加した水泳教室での、予期せぬ出来事。廃れゆく自動車産業の街で生きる、ひとりの労働者。人生は、驚くべき瞬間に満ちているーー。故アリステア・マクラウドの血を継ぐ新鋭、瞠目のデビュー短篇集。
20世紀初頭、写真だけを頼りに、アメリカに嫁いでいった娘たちーー。その静かな声を甦らせる中篇小説。百年前、「写真花嫁」として渡米した娘たちは、何を夢みていたのか。厳しい労働を強いられながら、子を産み育て、あるいは喪い、懸命に築いた平穏な暮らし。だが、日米開戦とともにすべてが潰え、町を追われて日系人収容所へーー。女たちの静かなささやきが圧倒的な声となって立ち上がる、全米図書賞最終候補作。
「短篇の巨匠」マンローが怖いほどリアルに描く人の営み。円熟期を代表する金字塔的作品集。ジラー賞受賞“カナダ最大の文学賞”。全米批評家協会賞受賞。O・ヘンリー賞受賞(表題作)。2013年ノーベル文学賞受賞。
キスしようかと迷ったけれどしなかった、と言い、家まで送ってくれたジャーナリストに心を奪われ、幼子を連れてトロントをめざす女性詩人。片田舎の病院に新米教師として赴任した女の、ベテラン医師との婚約の顛末。父親が雇った既婚の建築家と深い仲になった娘と、その後の長い歳月。第二次大戦から帰還した若い兵士が、列車から飛び降りた土地で始めた新しい暮らし。そして作家自身が“フィナーレ”と銘打ち、実人生を語る作品と位置づける「目」「夜」「声」「ディア・ライフ」の四篇。引退を表明したアリス・マンローが、人生の瞬間を眩いほど鮮やかに描きだした、まさに名人の手になる最新にして最後の短篇集。
美しい図書館司書に恋をした少年は、ハンサムで冷酷なレスリング選手にも惹かれていたー。不安と憧れの間で揺れ動きながら、少年は自らの性を発見してゆく。愛と笑いと切なさにあふれた傑作長篇。
友人たちも、姿を消した父も、それぞれに性の秘密を抱えていた。性的少数者たちが教えてくれた、さまざまな愛のかたち。エイズの時代に去って行った、友人たちの面影ー。ある小説家の半世紀にわたる生と性の物語。
もしもまたホロコーストが起こったら、誰があなたを匿ってくれるでしょう?-無邪気なゲームがあらわにする、取り返しのつかない夫婦の亀裂(「アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること」)。ユダヤ人のヨルダン川西岸への入植の歴史を、子を奪いあう二人の母を軸にして、寓意あふれる短篇に仕立てあげた「姉妹の丘」。物語にはつねに背景がある、人生にはつねに背景があるー年若い息子に父が語る、悲劇を生きのびた男の非情な選択(「若い寡婦たちには果物をただで」)。コミカルな語り口にしのばせた倫理をめぐる深い問いかけ。ユダヤ人を描くことで人の普遍を描きだす、啓示のような八つの短篇小説。