著者 : 池宮彰一郎
吉田松陰に十八歳で出会って教えを乞い、以降維新革命に生涯を捧げた高杉晋作。さらに江戸留学を経て攘夷から開国・倒幕へと戦略を変更、周囲を巧みに導き時代を切り開こうと動く。混乱の時代を的確に読み、駆け抜け、二十八歳で夭逝するまでを晋作自身の視点を通じて描く、読み始めると止まらない歴史小説!
高杉晋作が「尊王倒幕の運動に奔命したのは五年に過ぎない。五年の運動によって、盤石の徳川幕府はゆらぎ、倒壊は時間の問題となるに至った」…若すぎた死がさまざまな伝説を生んだ。年歯二十三から二十八に至る晋作の客気を描いた歴史小説。死が訪れる最後の最後まで、晋作は革命を諦めなかったのだ。
織田信長ー群雄割拠する戦国の世、尾張の国に時代を凌駕する一人の天才が出現した。目を奪うきらびやかな軍装、常識を超えた鉄砲・長槍の戦術、そして足利将軍の政治的利用から破格の人材登用に至るまで、強烈な美意識と凄まじいまでの発想が、旧体制の既得権一切を破壊し、中世から近世へと歴史の扉をこじ開けてゆく。卓越した才を誇る家臣の明智光秀や木下藤吉郎の理解さえ拒み、孤高に君臨する主君信長。その心奥に潜む壮絶な精神と雄大な構想に迫る画期的歴史長編。
鬼神のごとき機動力で、宿敵浅井・朝倉氏を屠り、戦国時代最強の武田軍団を殲滅し、石山本願寺宗徒を殺戮する信長。一方で宣教師に西洋の知識を求め、壮麗な安土城を築き、市場経済の改革を進める信長。-人間五十年、戦乱の収拾と新時代の創造には、残された時があまりにも少ない。それを知った英傑は、明智光秀こそ偉業の後継者と思い定める。しかしその決断には、時代と隔絶した天才ゆえの悲劇が…。日本史上最大の謎とされる本能寺ノ変に斬新な解釈で挑む歴史大作。
九州制覇、文禄・慶長の役と、後半生を常に戦場で過ごしてきた薩摩の太守・島津義弘は、政局を読み取り、敵の作戦を察知する才に長け、大胆な攻撃で敵を打ち破る戦略家として、内外に恐れられた。小心者の徳川家康、官僚主義者の石田三成、保身に走る兄・義久という思いきった人物設定で、戦国武将の内面に鋭く迫り、現代の指導者たちにも熱い共感を呼んだ大作。柴田錬三郎賞受賞。
秀吉の朝鮮出兵後、景気は急速に衰え、戦後不況が猛威を振るう中、戦国末期の日本は、東西両軍が対峙する関ヶ原の戦いで活路を見出そうとしていた。薩摩の太守・島津義弘は兵力不足にもかかわらず、わずかな家臣を引き連れて関ヶ原へ向かう。劣勢を承知の上で戦いに挑んだ義弘の真意とは?現代政治の不毛と重ね合わせながら「関ヶ原」を再現し、指導者のあるべき姿を示した傑作。
混乱する本陣の中で、馬上に突っ立ち、武田勢の突進を望見した家康は、敵味方のあまりの強さの違いに呆れかえった。「死ぬう」思わず家康は絶叫した。それを聞いた石川数正が、すぐさま訂正した。「死ねーっ。死ねや、死ねーぇ」本陣は阿鼻叫喚の中にあった。英雄遁走歴史が変わった!苛烈な逆境をいかに打破するか。頂門の一針、必読の書。
勝った。家康はじめ、生き残った東軍将士は誰しもそう思った。-戦は終った。戦勝に酔う家康は、この長かった一日を想った。長くて短い日。-天下を獲るか、獲られるか…。おれが獲った。家康は忘れていた。「一寸先は闇」。策をつくして迷いに迷う!千思万考天下を獲れ。勝利と敗北から何を覚ったか。史眼冴える歴史巨編。
加賀前田の支藩、大聖寺七万石に下された非情の幕命。厳冬の北アルプスを越えて高山陣屋と故城の接収に向かった生駒弥八郎以下二十四名の運命は…。表題作ほか、勇将福島正則の一代記「絶塵の将」、お役目も家も捨て狡猾きわまる悪党を追う同心の執念を描く「けだもの」など全五篇を収録した珠玉の短篇集。
嵐が過ぎ去るのをただ待つは、人の上に立つ将の器にあらず。われに救国の知謀、秘策あり。国もとから援兵は届かぬ。恃むは己の才智と志を一つにする家臣のみ。いざ、一大決戦の関ヶ原へ。太守・島津義弘の窮状を知った薩摩隼人は国抜けの汚名を覚悟して三百里の山海を奔った。そして屍山血河の関ヶ原から国もとへ義弘は生きて帰らねばならぬ。さもなくば、故国は関ヶ原の勝者にたたき潰され、時代の奔流にのまれてしまう-。卓抜な着想と深い洞察が冴える関ヶ原合戦史の決定版。
身に覚えなき「遺恨」から刃傷を受けた吉良上野介。咎めは免れたものの、賄賂などのあらぬ噂が流され不遇の日々を送っている。そんな彼の頭を占めていたのは「浅野はいったい何を根に持ったのか」の疑問だったー。忠臣蔵事件最大の謎に迫る表題作をはじめ、討入り直前の内蔵助を描いた「十三日の大石内蔵助」、直木賞候補作「千里の馬」など、斬新な角度から忠臣蔵を映し出す5編。
吉田松陰に十八歳で出会い教えを乞い以降維新革命に尽瘁、二十八歳でこの世を去った高杉晋作。その尊王倒幕の運動によって盤石の徳川幕府はついにゆらぎ、倒壊は時間の問題となったのだ。時代を駆け抜けた傑出した人間の型破りの青春の客気を、晋作自身の視点を通じ描く断然面白い新しい歴史小説の誕生。
「志士は頸首所を分つ事を恐れず、溝壑に填まり長く終に反ることを得ず」-。松陰の言う死をむかえた高杉晋作。行年二十七年と八カ月。その若すぎた死にはあらゆる伝説が生み出される。時代を読む確かな眼、破天荒な実行力、そして客気。世界は晋作のような英雄の出現を待っていたのだ。
「そちは何年何十年生き延びようと、四十七名の一人である」-。吉良上野介邸に討ち入った赤穂四十七士の中でただひとり、生き残ることを大石内蔵助に命じられた足軽・寺坂吉右衛門。ある時は遺族の相談役として東奔西走し、またある時は生命を賭して公儀へ自訴し…。複雑な思いを胸に、元禄義挙の生き証人として残りの人生を生きた男の17年間を描いた「もう一つの忠臣蔵」。
何としても関東軍の暴走を止めねばならないー昭和6年、柳条湖事件に端を発した「満州事変」は若槻内閣の不拡大方針に反して国際問題に発展。動乱の予兆が日本を被い始めた。時の元老・西園寺公望は元満鉄副総裁・松岡洋右を通じて関東軍解体の緊急手段を画策。それは「リットン報告書」を奪うべく“ある集団”を満州に解き放つ計画だった…。驚くべき状況下で展開する傑作長編。
「今宵、吉良を殺す」-それは謀略の終結を意味した。赤穂藩廃絶後、大石内蔵助は藩士の被った恥を栄光に転化する為、密かな奔走を開始する。大坂塩相場に、町人の噂話の巷に、悲運に泣く女たちの許に…。内蔵助の仕掛けた刃は討入り前にすでにして吉良・上杉一門に迫り、雪の師走十四日は審判の日となった。忠臣、浪士ではなく“刺客”と化した四十七士を気高く描く画期的作品。