著者 : 沼野充義
《宇宙がまだ今日ほど乱れていなかった頃、すべての星はきちんと並んでいたので、左から右に、または、上から下に容易に数えられたし、大きめで青い星々は別個にひとかたまりになり、小さめで黄ばんだ星々は二級天体として隅っこに追いやられ、宇宙空間にはいかなる埃も塵も星雲ごみも見当たらなかった、そんな古き良き時代、〈永久全能免許状〉を持つ建造師たちが時折旅に出ては、遠く離れた人々に親切な忠告や助けをもたらすのが通例であった》 かくて全能のロボット建造師トルルルとクラパウツィウスのふたり組は、中世の騎士のごとく広大無辺の宇宙を隅から隅まで旅し、行く先々で権力に貪欲な惑星の王たちや、暗黒に住まう未知の怪物からつきつけられるとんでもない難題の数々にぶち当たる羽目に。──そんなふたりの奇想天外、奇妙奇天烈、抱腹絶倒の冒険を、諧謔と風刺、機智とユーモア、パロディに言語遊戯、文体実験や文明論的批評などを交えて寓話風に描いた愉快な連作短篇集。 邦訳版『宇宙創世記ロボットの旅』には未収録だった作品を精選増補し、新訳および本邦初訳でお届けする決定版。 【目次】 いかにして世界は助かったか トルルルの機械 大いなる殴打 トルルルとクラパウツィウスの七つの旅 探検旅行その一、あるいはガルガンツィヤンの罠 探検旅行その一A、あるいはトルルルの電遊詩人 探検旅行その二、あるいはムジヒウス王のオファー 探検旅行その三、あるいは確率の竜 探検旅行その四、あるいは、トルルルがパンタークティク王子を愛の苦悩から救わんがため、いかにオンナトロンを使用したか、そしてその後いかに子供砲を使うようになったか 探検旅行その五、あるいはバレリヨン王のおふざけについて 探検旅行その五A、あるいはトルルルの助言 探検旅行その六、あるいは、トルルルとクラパウツィウス、第二種悪魔を作りて盗賊大面を打ち破りし事 探検旅行その七、あるいは、己の完璧さがいかにしてトルルルを悪へと導いたか ゲニアロン王の三つの物語る機械のおとぎ話 ツィフラーニョの教育 ロボットの旅、言葉の冒険ーー『電脳の歌』訳者あとがき(芝田文乃) 解説 トランスヒューマンが人間を逆照射するーー『電脳の歌』の詩学と記憶の考古学(沼野充義)
ムラカミはなぜ世界を魅了するのか? 飼い猫の失踪をきっかけに、どこにでもある日常を生きる「僕」の毎日が一変する。「壁抜け」による時空の超越、凄惨な歴史の記憶、日常に潜む闇、解かれることのない謎ーー。作者自身が「意欲的な小説」と振り返る本作は、村上春樹を「世界文学」のステージへと押し上げた傑作と名高い。特異かつ難解なことで知られる物語世界に分け入り、卓抜な文学表現を味わいながら、「閉じない小説」の深層へと迫る。
満洲に生まれ育ったラトヴィア人が描く グローバルな満洲史 ハルビンは十九世紀末の建都以来、およそ半世紀の間に、目まぐるしく支配者を替え、それとともに様々な民族が出入りし、多民族のるつぼが描き出す町の絵柄も変わっていった。そのすべてをハルビンに生きて自ら経験したからこそ、カッタイスは自分の上に「一〇の国旗」がはためくのを目撃するという歴史の稀有の証人になったのだった。(沼野充義) 満洲と呼ばれた、二度と繰り返されることのない地球のすばらしい一郭に運命に引き寄せられた中国人、ロシア人、日本人、朝鮮人、ユダヤ人、タタール人、ポーランド人、そしてラトヴィア人とが、寄り添うように生きた日々を書いたにすぎない。……下世話な話ばかりで真面目さに欠けると言われるなら、それも仕方があるまい、フランス語ならケセラセラと言うところだ。世界の波に揺られる人間の営みは、万事ろくでもない勘違いかもしれないのだから。(カッタイス「あとがきにかえて」より) ******** 【目次】 第一の旗 ブヘドゥ ハルビンへ 第二の旗の下 第三の旗 第四と第五の旗 第六と第七の旗 いざ進学 働きだす 清水学長の追放 日本の降伏 早くも第八の旗、ソ連軍にて 東洋経済学部 人生九番目の旗 あとがきにかえて ハルビンという民族のるつぼでーー二度と繰り返されることのない地球のすばらしい一郭 沼野充義 訳者あとがき 第一の旗 ブヘドゥ ハルビンへ 第二の旗の下 第三の旗 第四と第五の旗 第六と第七の旗 いざ進学 働きだす 清水学長の追放 日本の降伏 早くも第八の旗、ソ連軍にて 東洋経済学部 人生九番目の旗 あとがきにかえて ハルビンという民族のるつぼでーー二度と繰り返されることのない地球のすばらしい一郭 沼野充義 訳者あとがき
イギリス各地の墓地にある死体安置所で奇妙な事件が起こる。初めのうちは死体が姿勢を変えたというちょっとした出来事だったのだが、やがて事件は死体が忽然と消えうせるという思わぬ事態へと展開する。いずれの場合も、死体消失が起こるのは霧深い深夜から早朝にかけてのことで、犯人も動機もまったく分からない。捜査の任を負ったスコットランド・ヤードのグレゴリー警部補が真相の解明に乗り出すが、真犯人につながる手がかりは見つからないまま捜査は難航を極める……冬のイギリスを舞台に展開するメタ推理小説ともいうべき『捜査』、3000年前、初期軌道探査遠征隊が持ち帰ったハルツィウス因子が、地球全体でパピル分解疫を引き起こした。これによりすべての紙は分解され、地球文明は記録も知識も失って崩壊した。未来の考古学者は長年の調査の末、ロッキー山脈の地層の下の巨大地下建造物〈第三ペンタゴン〉の遺跡から、奇跡的に保存されていた1篇の手記を発見する。『新第三紀人の記録』と題されたこの手記には、多層の迷宮のような建造物の中をさまよい歩く書き手の驚くべき経験が記されていたーー疑似SF的不条理小説ともいうべき『浴槽で発見された手記』、レムの多面性を示す2篇を収録。 【目次】 捜査 訳者ノート 浴槽で発見された手記 解説(久山宏一) すべては暗号だ、暗号を解読せよーー『浴槽で発見された手記』訳者あとがき(芝田文乃) 解説 推理と不条理ーーSFに収まり切らないレム作品の多彩さ(沼野充義) 捜査 訳者ノート 浴槽で発見された手記 解説(久山宏一) すべては暗号だ、暗号を解読せよーー『浴槽で発見された手記』訳者あとがき(芝田文乃) 解説 推理と不条理ーーSFに収まり切らないレム作品の多彩さ(沼野充義)
第二次世界大戦でドイツが降伏した頃、アメリカのノースダコタ州とサウスダコタ州の境に隕石らしきものが落下する。しかしそれはただの隕石ではなく、火星から飛来したロケットであった。その中に乗り込んでいた奇妙な「火星からの人」がニューヨーク郊外の研究所に運び込まれ、科学者や技師などからなるチームが極秘のうちに、この火星人とのコミュニケーションを試みるが……『金星応答なし』に5年ほど先立つ、レムの本当のデビュー作とも言うべき本格的SF中篇『火星からの来訪者』、若き医師ステファン・チシニェツキは、町を歩いているときにユダヤ人と取り違えられて捕まり、他の無数のユダヤ人とともに貨車に押し込められ収容所に送られてしまう。ユダヤ人移送の決定的瞬間を描いた「ラインハルト作戦」、広島への原爆投下を主題にした、世界でもっとも早い文学作品の一つであり、SF的想像力を駆使して爆発の光景が創り出された「ヒロシマの男」など、レムがまだ20歳代だった1940年代から1950年にかけて書かれた、いずれも本邦初訳となる初期作品を収録。《星をちりばめた闇に茫然と言葉を失う者は/とても孤独で詩人に近い。》 【目 次】 火星からの来訪者 ラインハルト作戦 異質 ヒロシマの男 ドクトル・チシニェツキの当直 青春詩集 解説 レムは最初からレムだったーー最初期レムのSF、非SF小説、そして詩(沼野充義) 火星からの来訪者 ラインハルト作戦 異質 ヒロシマの男 ドクトル・チシニェツキの当直 青春詩集 解説 レムは最初からレムだったーー最初期レムのSF、非SF小説、そして詩(沼野充義)
《私は、二百二十七名の一員として、太陽系の外を目指し、地球を発った。計画した目的を果たし、旅が始まって十年目の今、我々はこれから帰還の途に就く》32世紀。高度な科学技術的発展を成し遂げ、内太陽系をも生活圏とした人類は、その能力と野心を一層満たすために、ついに史上初の太陽系外有人探査計画に着手、地球に最も近い恒星であるケンタウルス座α星へ向かう決定を下した。そんな時代に、グリーンランドの小都市で医師の家庭に生まれた少年は、成長期の体験から宇宙航海士になることを決意、この有人探査計画を聞きつけると、遠征隊の審査試験に合格するために研鑽を重ね、晴れて巨大探査船ゲア号に搭乗する選りすぐりの遠征隊員の一員となる。そして迎えた出発の日、宇宙空間をゆっくりと動き出したゲア号は、次第に速度を増し、遥かなる未知の空間へと踏み出していった。暗黒の真空を突き進む旅路の果てにはいったい何が待ち受けているのであろうか?--レムが晩年まで、ポーランド国内での再版と外国語への新たな翻訳を拒み続けた幻の長篇がついに邦訳なる。映画『イカリエーXB1』原作。 序章 家 青春 マラソン 地球との別れ ゲア号 真空の庭 空間からのお客 アメタ操縦士 トリオン 黄金の間歇泉 ベートーヴェン第九交響曲 宇宙航海士評議会 舞踏会 星から来たアンナ ガニメデから来たピォトル 反乱 共産主義者たち グーバル、私たちの一員 宇宙航海士の像 新時代の始まり ケンタウルスの太陽 ユナイテッド・ステイツ・インターステラー・フォース 赤色矮星 赤色矮星の惑星 グーバルの仲間 流れ星たち 地球の花々 マゼラン雲 遥かなる旅(イェジイ・ヤジェンプスキ) 訳者あとがき(後藤正子) 解説 ユートピアの夢の幻惑と過誤(沼野充義)
自動機械の自立性向上に特化された近未来の軍事的進歩は、効果的かつ高価になり、その状況を解決する方法として人類は軍備をそっくり月へ移すことを考案、地球非軍事化と月軍事化の計画が承認される。こうして軍拡競争をAI任せにした人類であったが、立入禁止ゾーンとなった月面で兵器の進化がその後どうなっているのか皆目わからない。月の無人軍が地球を攻撃するのでは? 恐怖と混乱に駆られパニックに陥った人類の声を受けて月に送られた偵察機は、月面に潜ってしまったかのように、一台も帰還することがなかったばかりか、何の連絡も映像も送ってこなかった。かくて泰平ヨンに白羽の矢が立ち、月に向けて極秘の偵察に赴くが、例によってとんでもないトラブルに巻き込まれる羽目に……《事の発端から話した方がいいだろう。その発端がどうだったか私は知らない、というのは別の話。なぜなら私は主に右大脳半球で記憶しなくてはならなかったのに、右半球への通路が遮断されていて、考えることができないからだ》レムの最後から二番目の小説にして、〈泰平ヨン〉シリーズ最終話の待望の邦訳。 1 倍増 2 秘密の開示 3 隠れ家で 4 ルナ・エージェンシー 5 ルナ高技能ミッショナリー 6 二回目の偵察 7 殺戮 8 不可視 9 訪問 10 コンタクト Ⅺ ダ・カーポ 最後から二番目の傑作長篇ーー訳者あとがき(芝田文乃) 解説 『地球の平和』と一九八〇年代のレム(沼野充義)
英雄ガガーリンの母が“地球の心臓部”に突き進む「空のかなたの坊や」、厳格な校長だった母の思い出を抒情豊かに綴る「バックベルトの付いたコート」、ロシアの大都市を麻痺させたコンピュータ・ウィルスをめぐる数奇な物語「聖夜のサイバーパンク、あるいは『クリスマスの夜ー117.DIR』」、“ロシア文学史上もっとも汚い言葉で書かれた小説”と称される型破りな「ロザンナ」、孤独な女教師の追憶を流れるような文体で活写する「霧の中から月が出た」、ある知識人が罰として引き取ることになった“レーニン”が大暴れする「馬鹿と暮らして」、モスクワのバラックを舞台に悪臭と官能が入り混じる「赤いキャビアのサンドイッチ」、謎の作家が体験する鏡の中の世界を描く「トロヤの空の眺め」など、すべてがユニークかつオリジナルな12の物語。現代ロシアの多様な魅力を映しだすいまだかつてない「沼」アンソロジー。
《レギス3への着陸完了。サブ=デルタ92型砂漠惑星。われわれは第二手順に則ってエヴァナ大陸の赤道地帯へ上陸する》この通信から40時間後、まったく意味をなさない奇妙な音声を伝えてきたのを最後に消息を絶ったコンドル号を捜索するため、二等巡洋艦インヴィンシブル号は琴座の惑星レギス3に降り立った。そこは見わたす限りの広大な大地に生命の気配のない、赤茶けた灰色の空間であった。やがて、偵察のために投入された撮影衛星が人工的な構造物をとらえ、探索隊が写真が示す地点へと向かう。たどり着いたのは、奇怪な形状を有し廃墟と化した《都市》であった。《都市》の内部へと足を踏み入れ、調査を進める探索隊であったが、そこにコンドル号発見の知らせがもたらされる。急ぎ現地に向かった一行が目にしたのは、あたり一面に物と人骨が散乱し、砂漠にめり込んでそそり立つ、変わりはてたコンドル号の姿であった。謎に満ちたこの惑星でいったい何が起こったのか⁉ーー『エデン』『ソラリス』からつらなるファースト・コンタクト三部作の傑作のポーランド語原典からの新訳。 【目 次】 黒い雨 廃墟の谷間で コンドル 一人目 雲 ラウダの仮説 ロアン隊 敗北 長い夜 会話 不死身 訳者あとがき(関口時正) 解説 稼働する物語装置、星の啓示(沼野充義) スタニスワフ・レム年譜 黒い雨 廃墟の谷間で コンドル 一人目 雲 ラウダの仮説 ロアン隊 敗北 長い夜 会話 不死身 訳者あとがき(関口時正) 解説 稼働する物語装置、星の啓示(沼野充義) スタニスワフ・レム年譜
「実在しない書物の書評を書くということは、レム氏の発明ではありません」。ゲーム理論を援用して宇宙の創造と成長を論じるノーベル賞受賞者の講演「新しい宇宙創造説」のほか、「ロビンソン物語」「逆黙示録」「誤謬としての文化」など、パロディやパスティーシュも満載の、知的刺激に満ちた“書評集”。
急死した若い娘の祈祷をすることになった神学生ホマー。夜の教会に閉じ込められた彼の目の前で突然、死人が、棺から立ち上がる…“魔女”と神学生の三夜の闘いを描く、ゴーゴリの「ヴィイ」。他にも、ドストエフスキー「ボボーク」、チェーホフ「黒衣の僧」、ナボコフ「博物館を訪ねて」など、文豪たちが描く、極限の恐怖!
ロシア語時代のナボコフ最高傑作に蝶への情熱に満ちた初邦訳の短篇を付す。ロシアから亡命し、ベルリンに暮らす駆け出しの詩人フョードルは、祖国への郷愁、鱗翅学者の父への追慕、急進的知識人の伝記執筆、ジーナとの恋愛を通じて芸術家へと成長していく。言葉遊戯を尽くし、偉大なるロシア文学作品の引喩に彩られた「賜物」と、その関連作品としてナボコフの死後に発表された「父の蝶」を収録。
幻想的な初恋小説、どたばたユーモア群像劇、彷徨える若い魂の成長物語…あなたの知らない意外な作品を一挙収録!書簡集や、『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』など四大長篇の読みどころ解説も。もっとドストエフスキーが好きになる一冊。
20世紀以降の現代東欧文学の世界を一望できるガイドブック。 各国・地域別に、近現代文学の流れを文学史/概説パートによって概観するとともに、重要作家を個別に紹介します。 さらに、越境する東欧文学・東欧をルーツとする文学も紹介し、より広い視野で、東欧の文学を捉えていきます。
集団主義のイデオロギーによって個人が厳しく抑圧される様を、独裁者の支配下、人びとが水の中に住むことを強制されている星に仮託して風刺的に描いた「航星日記・第十三回の旅」、大事故にあった宇宙船の中に唯一生き残った、壊れかけのロボットに秘められた謎を追った「テルミヌス」、高性能コンピュータに人類の歴史のありとあらゆる情報を吸収させた上で詩を作らせる、抱腹絶倒の言葉遊び「探検旅行第一のA(番外編)、あるいはトルルルの電遊詩人」など、本国ポーランドの読者人気投票で選ばれた15篇の短篇から、新訳の10篇をセレクト。レムの短篇の神髄ともいうべきえりすぐりの傑作選。 三人の電騎士 第二十一回の旅 洗濯機の悲劇 A・ドンダ教授 泰平ヨンの回想記より ムルダス王のお伽噺 探検旅行第一のA(番外編)、あるいはトルルルの電遊詩人 自励也エルグが青瓢箪を打ち破りし事 航星日記・第十三回の旅 仮面 テルミヌス 〈メニッペア〉としての小説ーー短篇作家としてのレムを称えて(沼野充義)
ドストエフスキーは最初から「ユーモア作家」だった! 怪しい色男を巡る、2人の紳士の空疎な手紙のやり取り。寝取られた亭主の滑稽かつ珍奇で懸命なドタバタ喜劇。小心者で人目を気にする閣下の無様で哀しい失態の物語。鰐に呑み込まれた男を取り巻く人々の不条理な論理と会話。19世紀半ばのロシア社会への鋭い批評と、ペテルブルグの街のゴシップを種にした、都会派作家ドストエフスキーの真骨頂、初期・中期のヴォードヴィル的ユーモア小説4篇を収録。 沼野充義 ここに収められた初期から中期のドストエフスキー作品の基調ともいうべきものは、延々と続く形而上的議論の底知れぬ深みに下りていく手前で踏みとどまり(いったん呑み込まれたら這い出すことができないような深みがあることはすでに予感されるとはいえ)、あえて表層で戯れ続けているような感じさえ与える過剰な言葉と自意識のドタバタ劇場であって、ドストエフスキーは明らかにユーモア作家でもあった。--<「解説」より>