著者 : 熊谷達也
1945年、夏。特攻要員の宣言をされた僕が配属されたのは、「伏龍隊」。機雷を持って海に潜り、敵上陸艇を爆破して自らも海の藻屑となる任務だ。来るべき「死」へ向かって訓練を重ねる日々。そんな中でも日常は続いてゆく。友情、上官への反目、海のきらめき、カレーの味…だが、ある日の訓練中、僕の前で友人が死んだ。そして、戦況は悪化の一途を辿り…。比類ないみずみずしさで描かれる、新時代の戦争文学。
日露戦争に従軍した猟師の矢一郎は故郷を離れ、樺太で過去を背負い流浪の生活を続けていた。そんな彼を探し回る男が一人。矢一郎の死んだ妻の弟、辰治だ。執拗に追われ矢一郎はついに国境を越える。樺太から氷結の間宮海峡を越え革命に揺れる極東ロシアへ。時代の波に翻弄されながらも過酷な運命に立ち向かう男を描く長編冒険小説。直木賞・山本賞ダブル受賞の『邂逅の森』に連なる“森”三部作完結編。
勤めていた会社を解雇され再就職もままならず、自分の保険金で妻子の生活費を捻出しようと、バイクの事故を装って自殺を図るために北海道にツーリングに出かける男(「旅の半ばで」)など、ヴィンテージ・バイクと、それらにかかわる無器用で、それでも必死に己の人生を生きる男女7人の姿を描く、連作短篇集。
東京から南へ二百二十キロ。太平洋に浮かぶ厳倉島は、イルカの棲む島として知られている。平和なこの小島で、動物行動学者・比嘉涼子は環境保護NPOの一員として、イルカの生態調査に従事していた。だがその平穏な日々は、突然出現したシャチの群に破られる。島のイルカたちを救うために、一頭のシャチ=モビィ・ドールへの追跡が始まった…。海に生きる生命を鮮やかに描く海洋小説の傑作。
仙台駅駅裏へと続くX橋。その路地にいつも立つ街娼がいた。あと数カ月で米軍基地が消える。数え切れない米兵と寝た淑子が見つけた、たったひとつの恋ー「X橋にガール」。海で命を落とした仲間の海女の夫と再婚した妙子。ロープが岩に絡まり、海底で身動きができなくなった時に聴こえた磯笛の音色はー「磯笛の島」。昭和三十年代をひたむきに生きた女性たち。珠玉の短編七編。
宝亀五(西暦七七四)年、陸奥国の北辺には不穏な火種がくすぶっていた。陸奥を支配せんと着々と迫り来る大和朝廷。そして、その支配に帰属する、あるいは抵抗する北の民、蝦夷。動乱の地に押し寄せる大和の軍勢の前にひとりの荒蝦夷が立ちはだかった。その名は呰麻呂。彼が仕掛ける虚々実々の駆け引きの果て、激突の朝が迫るー。古代東北に繰り広げられる服わざるものたちの叙事詩。
鷹匠になることを夢見て“最後の鷹匠”に弟子入りした杉浦岳央。だが高齢の師匠に不満と不安を覚え、早々に袂を分かつ。雪深い月山の麓でひとり、手探りで訓練を重ねるが、猛禽類のなかでもとりわけ神経質といわれる角鷹を、岳央は操れるようになるのかー。野生の鷹と人間の対峙を描く。直木賞受賞作『邂逅の森』に連なる感動作。
秋田の貧しい小作農に生まれた富治は、伝統のマタギを生業とし、獣を狩る喜びを知るが、地主の一人娘と恋に落ち、村を追われる。鉱山で働くものの山と狩猟への思いは断ち切れず、再びマタギとして生きる。失われつつある日本の風土を克明に描いて、直木賞、山本周五郎賞を史上初めてダブル受賞した感動巨編。
小学5年生の和也は、宮城県内の小さな町から、憧れの仙台市に引っ越してきた。川沿いに5軒が並ぶばかりのみすぼらしい住まいにショックを受けるが、隣家に住む同級生2人と仲良くなる。ところが学校では、その2人が周囲から浮いているのに気付く。ストリッパーやヤクザもいる自分たちの住む地域が、かつては差別されていたことを知った和也は、2人の友人と他のクラスメイトとの間で悩む…。ねえ、ほんとうの友情って、何だろう?史上初の直木賞&山本周五郎賞ダブル受賞作家が差別問題に正面から取り組んだ、魂に響く成長譚。
安保闘争で負った癒えることのない傷、時代に取り残されても捨てられない故郷への執着、基地が撤退しても消せない米兵への恋慕…熱い想いを抱き、戦後転換期の巨流に翻弄されながらも、強くしなやかに人生を守り抜いた女たちを描く傑作短編集。
舞台は南の島。イルカがすむ島として脚光を浴びる巌倉島で、比嘉涼子は、環境保護団体の一員として生態調査に従事していた。そのかたわら環境客向けのドルフィン・スイムなどの世話をしていた。そこに新しいダイバーとして雇われた葛西拓海がやってきた。イケメンの彼は何かとトラブルの元。彼は、かつて潜水中の事故でバディを死なせてから潜れなくなっていたという。そんな折、イルカが数頭、浜に打ち上げられる。原因は不明。そしてシャチの出現!平和だった島に波紋がひろがっていく…。直木賞・山本周五郎賞ダブル受賞から半年、注目のストーリーテラー、最新長編。
「山背」とは初夏の東北地方に吹く冷たい風のことをいう。その山背が渡る大地で様々な厳しい営みを続け、誇り高く生きる男たち。マタギ、漁師、川船乗り、潜水夫…。大自然と共生し、時に対峙しながら、愛する家族のために闘う彼らの肖像を鮮やかに描き、現代人が忘れかけた「生」の豊饒さと力強さを謳う九編の物語。作家の原点が凝縮された傑作短編集。
「今の時代、どうしてクマを食べる必要性があるのでしょうか」秋田県阿仁で行われたマタギ親睦会。都会育ちの女性編集者・佐藤美佐子の発言が、会場に波紋を巻き起こす。その後、動物写真家・吉本憲司の言葉「山は半分殺してちょうどいい」をきっかけに、マタギ取材を進める美佐子が見たものは…。峠を越え、沢を渡り、谷を跨いて生業をなす男たち。そして、彼らに対峙する美しくも厳しい自然。東北の山奥で、今、何が起こっているのか。
時は八世紀末。東北には、大和朝廷に服従しない誇り高い人々がいた。かれら蝦夷は農耕のために土地に縛られるのではなく、森の恵みを受け大自然と共生しながら自由に暮らしていた。だが、その平和も大和軍の侵攻によって破られる。そして、一人の男が蝦夷の独立を賭け、強大な侵略者に敢然と戦いを挑んだ。彼の名はアテルイ。北の森を疾風のように駆け抜けた英雄の生涯を描く壮大な叙事詩。
雪深い東北の山奥で、主婦が野犬とおぼしき野獣に喰い殺されるという凄惨な事件が起きた。現場付近では、絶滅したはずのオオカミを目撃したという噂が流れる。果たして「犯人」は生きのびたニホンオオカミなのか?やがて、次次と血に飢えた謎の獣による犠牲者が…。愛妻を殺された動物学者・城島の必死の追跡が始まる。獣と人間の壮絶な闘いを描き、第19回新田次郎文学賞を受賞した傑作冒険小説。