出版社 : 岩波書店
アンデルセンが憧れの国イタリアを舞台にくりひろげた愛の物語『即興詩人』は、鴎外の格調高い文章によって紹介されて以来、広く人々の心を捉えつづけてきた。翻訳文学の傑作であり、明治文学史上記念すべき作品である。
原作が童話集ほどの名声を得なかったにもかかわらず、日本において今なお多くの読者をかちえ続けているのは、いつに鴎外の名訳にあることはいうまでもない。自由自在の語法と華麗でリズミカルな文章によって醸し出されるロマン的雰囲気は遙かに原作を凌ぎ、その後の日本文学に多大の影響を与えた。
長篇小説の国フランスでもいま短篇小説が注目されつつある。作家たちは「フィクション芸術のエッセンス」とよばれるにふさわしい表現を目ざして芸を競い、おのれのエスプリを証明する場として短篇を書くのだ。本書所収のリラダン、アポリネール、デュラスら、世紀末から現代にいたる作家たちの技の競演。
蒼茫と暮れゆく海上,その薄暗い水面にふっと現れてはまた消える細長いもの…。不審に思った釣客が舟をよせるとー。ほかに「骨董」「魔法修行者」など、晩年の傑作5篇をあつめた。
いまかいまかと怯えながら、来るべきものがいつまでも現われないために、気配のみが極度に濃密に尖鋭化してゆくー。生の不安と無気味な幻想におおわれた夢幻の世界を描きだした珠玉の短篇集。
故郷小田原の風土に古代ギリシアやヨーロッパ中世のイメージを重ね合わせ、夢と現実を交錯させた牧野信一の幻想的作品群。表題作の他に「鬼涙村」「天狗洞食客記」等の短篇8篇と「文学的自叙伝」等のエッセイ3篇を収める。
収録作品 父 酒虫 西郷隆盛 首が落ちた話 蜘蛛の糸 犬と笛 妖婆 魔術 老いたる素戔嗚尊 杜子春 アグニの神 トロッコ 仙人 三つの宝 雛 猿蟹合戦 白 桃太郎 女仙 孔雀
チェコスロヴァキアにおけるスターリン時代の人権侵害を事実にもとづいて告発したこの短篇集が1963年に刊行されると、全世界に重い衝撃をもたらし、作者は亡命生活を余儀なくされた。激動する現在の東欧問題を理解するために、まず再読されるべき名著。
愛すべき『彦一頓智ばなし』の作者小山勝清とは何者か。熊本の山村に育った文学青年は、大正6年、堺利彦の門をくぐる。労働運動、苦い挫折、柳田国男への師事と別れ、小説執筆の日々…。常にユートピアを追い「文明社会」に対峙した「山の民」勝清の、波乱の生涯を描く。近代日本の隠れた精神史を照射する伝記文学の傑作。
主人公ティルが放浪者・道化師あるいはもぐりの職人となって教皇・国王から親方連までさまざまな身分の者たちを欺きからかい、その愚かさを暴いて哄笑をまきおこす。500年余も読みつがれてきたこの作品はいまも諷刺の力を失っていない。中世ドイツ語原典の翻訳に気鋭の社会史家ならではの詳注を加えた。図版多数。
愛されることをのみ要求して愛することを知らず、我執と虚栄にむしばまれ心おごる麗人藤尾の、ついに一切を失って自ら滅びゆくという悲劇的な姿を描く。厳粛な理想主義的精神を強調した長篇小説で、その絢爛たる文体と整然たる劇的構成とが相まって、漱石の文学的地位を決定的にした。明治40年作。