1989年6月発売
紋間公平の勤める病院へ、私立西陵中学校の生徒・川瀬志津香が運び込まれた。授業中に不意に倒れたというのだ。彼女には再生不良性貧血の疑いがあった。西陵の校医を務める公平は、内科医局長から志津香の精神面での相談役を頼まれた。彫刻がしたいという志津香の希望を許したことで、公平は担当医にひどく叱られた。そんな折、志津香を恋する若者・高原富士夫が足を折って入院してきた。
新宿歌舞伎町にある霊感占いの“お告げの部屋”。先生の大滝玉枝の代役で、にわか占い師に変身した花子探偵だったが、結婚のことで相談にきていた“小宮翠”と名乗る女性が彼女の前で殺されてしまったからタイヘン。身分証明書を頼りに素性を調べてみると、本物の“小宮翠”が現われて…。殺された女性はいったい何者?そして誰が何のために殺したのか?軽妙なタッチで綴るユーモア・ミステリー。
「あんなひどい男でも好きになったらどうにもならないのよ。自分で男を幸福にしようとか、立直らせようかと思っているのかもしれないわ。それともあんな乱暴をする男が可哀そうでたまらないのかもしれない」良人に捨てられても会いに行く久代、妻を亡くした子持の助教授と結婚するという絢子。愛しくも哀しい女の性を描いた表題作他8篇。
永く精神病の治療をつづけていたブーンは、あるとき、自分がジキルとハイドのような二重人格者で、無意識のうちに残虐な連続殺人を繰り返していることを知って愕然とする。絶望した彼は自殺を企てるが果たせず、《暗黒の神に選ばれた殺人者》が住むという異次元の闇の町ミディアンへ行こうと決心した。ブーンはそこで何を見たのか…そもそこにうごめく異形の民《夜の種族》とはなにものか。この血塗られた闇の世界をつかさどるバフォメットとは…?仮面と素顔、生と死、闇と光、罪と罰、すべてを逆転させ、夢と現実のあやなす暗黒の幻想小説。
苦痛が快楽に変わり、快楽が苦痛に変わる《亀裂》の彼方の世界…。魔道士に誘われ、快楽の世界の囚われ人になった魔性の恋人、フランクを蘇らせるため、ジュリアは行きずりの男にナイフを突き立てた。血をすすり、生贄のエキスを吸い取り、フランクは人間の肉体を取り戻してゆく。「血が欲しい、皮膚をくれ!」フランクの叫びに、ジュリアは二度、三度、殺戮の刃をふるう。欲望に憑かれた男女を待っていたのは、身の毛もよだつ堕地獄の罠だった。淫魔が巣食う恍惚世界への扉を開く《ルマルシャンの箱》とは何か?この世の快楽を貧り尽くすことは罪なのか?鬼才クライヴ・バーカーが鮮烈に描く愛と妄執のドラマ。
女流作家の私と通訳のヨーコ。じつは二人とも生から死の世界へ移ってしまった影法師。私は甲状腺ガンでこの世を去る前に、アメリカ政府から文化交流の一員として招待をうけていた。その思いを実現するため、アメリカを自由に夢遊する若い二人が引き起こす愉快な出来事とは…。ヴァージニア、ニューヨーク、デンバー…など、光も風も人情も異なる五つの街で出会った、五つのアメリカン・ストーリー。新境地を拓く会心作。
父を失い、長兄を兵隊にとられた洋と洋次郎の兄弟は、空襲で家を焼かれ、かあさんの田舎へ疎開した。デパートも映画館もない小さな町で、初めての畑仕事や魚とりに精を出し、動員先の工場では地元工員たちと大喧嘩、そして“前線慰問用”の宝塚予科生との交流。そこにはもうひとつの“戦争”があった…。ひと夏の経験を通して成長していく兄弟の姿を瑞々しい筆致で描く感動の長編小説。
1979年の夏、著者にとって人生の最高の友人=中野重治は逝った。1年後、中野夫人原泉さんは、夫を生地の土に還した。その入院と死に至る状況や、郷里福井の埋葬に立ち合った著者に去来する50余年の時間の意味。そして自分自身の生と真実…。本書は、戦前・戦中・戦後の激動の半世紀に、人間的文学的情熱を共にした中野重治との交遊を通して描いた鎮魂の書。毎日芸術賞、朝日賞受賞。
時は戦国、幻術使い果心居士に導かれてその非情な人格を形成した少年赤丸は、貧困放浪の幼少時代から強奪、放火、殺人と残虐の限りをつくす。長じて彼は、畿内掌握の野望に燃え、無類の権謀術数を発揮して主君三好長慶を自在にあやつり、ついには将軍足利義輝をも弑して実力大名にのしあがった。乱世が生んだ下剋上の武将松永弾正久秀の悪の生涯を描く会心の長編。
巨大スタジアムの中で、パルプ作家同士が死力をつくし、制限時間内に一万語の小説をたたきだす、ニュー=スポーツ世界一決定戦〈プローズ・ボウル〉。メタファ・キッドことサケットは、宿敵カンザス・シティ・フラッシュを破り、ついに決勝に進出。だが、八百長の誘いをはねつけたために、恋人を誘拐されてしまった!スリリングな言葉のフットボールを描くスポーツ・パロディ小説。
対戦車ミサイルの権威をソ連から亡命させるため、ある男が英国情報局に招聘された。輝かしい軍歴を誇りながら、アイルランドの暴動鎮圧作戦で、少女を誤射し、すべてを剥奪され放逐された男ジョニー・ドノヒュー。アウトバーンを利用する周到な亡命計画が情報局の威信を賭けて立案され、ついに発令された。しかし再起を期して東側に潜入した彼をあまりに非情な事態が見舞う!
1940年代のある日、イモジンは18歳の娘コーラを連れ、アガタイトの町に辿りついた。夫に愛想が尽き、家を出てきたのだ。車が故障し、役所前広場のベンチで修理を待つ間、娘は5セント持って向いの店にアイスクリームを買いに行った。そしてそのまま、30分、1時間、1週間…。イモジンはひたすら娘の帰りを待ち続ける。今までに例のないまったくユニークな心理サスペンス。
記憶に定まらないうちに次々と変貌するコンクリート・シティー。その片隅に逼塞する私の内なる柔らかきものを目覚めさせてくれる小さな生きものとの秘めやかな語らい。詩人・吉行理恵の奇妙で優しい不思議の国。
ぽちゃん。こころの中に、さかながいる。でもそれは友達から恋人へ、たった30センチの距離すら泳いでゆけない哀しい魚だ…。大学卒業を控え、学生から社会人への交差点に佇む、ヤマトと桜子。往く夏のかわりに、ふたりがはじめた物語は、せつない22歳の匂いがした-。恋愛小説に優しい風をはこぶ、新鋭作家の誕生。神戸文学賞受賞。
16歳の夏、性の目覚め、少年の若々しい筋肉、潮風の中に彼の匂いがした。水泳部のハンサムボーイと大学生の同性愛体験を鮮烈に、爽やかに描く青春小説の“新しい古典”。サリンジャーの伝統を受け継ぐ新世代作家登場。
カポーティ、マキナニー、オーネット・コールマン、ベルトリッチ…遥かモロッコから、現代芸術に常に豊かな霊感を送り続けるアメリカ文学界の隠者。80年代に入り、ブームとも言える再評価が行われ、全作品が本国で復刻されたその伝説の作家の代表作にタンジールに赴いた訳者によるインタビュー、評伝を併録。
自分の主催するロック・コンサートを妨害する者の正体を突き止めてほしい-大物プロモーターのシーガルに招かれて、彼の自宅で開かれていたパーティに出かけていった私立探偵ジェイコブ・アッシュは、その場で依頼を受けた。だが、事件はその直後に起きた。パーティで振る舞われていたコカインを吸った落ち目のロック・スターのクーニイが急死したのだ。コカインは何者かによってヘロインとすり替えられていた。これもシーガルに対する嫌がらせのひとつなのか?それとも、はじめから、奇行で知られ、業界内に多くの敵を作っていたクーニイを狙った計画殺人だったのか?アッシュはクーニイの身辺をあらいはじめるが、なぜか彼と関係のあった人間はつぎつぎと謎めいた事故死を遂げていった…!ドラッグに彩られた頽廃のロック・シーンを舞台に、アメリカン・ドリームの光と影を描いた著者の自信作。
オフィスは相変わらず閑散としていたが、私立探偵サムスンの胸は期待に膨らんでいた。テレビで“昔ながらの探偵”として紹介されたのだ、きっと山のような依頼が…依頼は二件あった。そのうちの一件は、インディアナポリスの有名な銀行家ダグラス・ベルターとその妻ポーラからで、つい最近、ポーラの出生証明書が偽造されたものであることが判明したので、その理由を調査してほしいという依頼だった。サムスンは50年前の記録を調べ、ポーラが実は養子だったことを突き止める。ポーラが養子にもらわれた背景には、いったいどんな事情があったのか?やがて、過去の調査を続けるサムスンの前に驚くべき真相が浮かび上がってきた。人びとの記憶の片隅に埋もれていた過去の悲劇を叙情的に甦らせる、知性派ハードボイルドの最高作。