1995年発売
家出して押しかけてきた不良少女コスギの面倒を見るうちに、大上円は彼女の健気さにうたれ、強い憐憫を覚えていく。けれど憐憫とは愛情と勘違いしやすいものなのであって…おまけに、るり子サンの部屋を訪れた円くんは、あまりに官能的な事態に出会ってしまうのだった。「あたし、挫けないよ。10回でも20回でもやり直すから」ホタルの台詞は強力なフォースを発揮し。ボヘミアン・円くんの放浪はまだまだ続く。
大陸の涯での山地から運ばれて来た石は瑠璃色、それはやがて砕かれ、「群青」になるという。その鉱石が欲しくて、夜更けの波止場をさまよう灯影と垂氷の前に、丸眼鏡の妙な麺麭屋が現れた…。長野ワールド、夢の傑作短篇集。
デパートの外商部の係長・中条は得意先の社長令嬢・恵理子とホテルのベッドでセックスに励んでいた。彼女から、中条が死別した恋人に似ているということで、誘いをかけられたのである…。中条はさして男前でもなく、いたって平凡な顔立ちであったが、かえってそれが女性に警戒心を起こさせないからモテルのである。その上、彼は女性に対してこまめだった。
勝田慎一は学生時代に登った北アルプスのK岳の登攀に挑むことにした。ベルトコンベアに運ばれるサラリーマンの生活と夫を理解しようとしない傲慢な妻のいる家庭から脱出するのだ。長期休暇をとり、鈍った体を錬え直して岩稜や岩壁をアタックする。山小屋の主・深野周作の生命を賭けた支援のもと、パートナーと共に氷壁を登る男の試練とその意外な結末。
昭和十七年二月、日本軍が英領シンガポールを占領し、昭南島と改名した日、彼は二つに引き裂かれた。帝国の臣民か、中華の民か。誇るべき祖国を持たぬ青年は銃を手にする。おのれが何者かを示す、ただそれだけのために-。
贋の権威や通俗の価値に決して近寄らず、小走りせず、あくまで自分の文学の“背骨”をひたむきに創りつづけた日本の“親爺”木山捷平の最晩年の味わい深い短篇群。敬愛してやまぬ井伏鱒二の秀逸な素描、若き太宰の風貌等、市井の人として生き通した文学者の豊かで暖かな人生世界。
動物園の獣たちの気配に眠れずに過ごした試験前夜から入学式のない入学、一緒にデモを組んだ女子学生の湿気、同じ下宿の先輩との決別、そして、「自己」への問い…。新入生として初めて社会とぶつかった時の、ひりつくような感触と揺れ動く心を濃密に描き、約30年前、否応なく巻き込まれていった大学紛争の数カ月と、自らの立脚点を見つめ直した長編小説。
『舞夢』で知り合った謎の美女・涼子は三度目のデートに現れなかった。十日ほどして訪ねてきた彼女の姉・桐子は、涼子が行方不明になったことを告げ、部屋に残されていた涼子の日記を置いていく。その日記には、ぼくには全く覚えのない、ぼくと涼子との異常なセックスが綴られていた…。エロチシズムの香り漂う傑作長篇。
戦後間もない闇市の、活気溢れる喧噪のなか、ジンタ響かせ夢を売るサーカス興行の世界に身を置き、舌先三寸巧妙な口上でネタを捌くテキヤ稼業の浮き沈みを助けながら、博奕と喧嘩殴り込みと、意地と度胸で命を張って浮世を生きる、特攻隊帰りの血が戦ぐ無法者一代。
筆舌に尽し難いほどの酷寒のシベリア捕虜収容所に留め置かれて、重労働・食糧不足・内部対立等々の極限の生活状況を強いられながらも、一日も早い帰国の希望を胸に必死に生きた一人の将校とある兵士との、奇妙な心の触れ合いを、自身の体験をふまえて冷徹に描く。
忍び寄る遼国の魔手に江湖の英雄たちが決起する。火計、水攻め、幻術など奇想天外な大激戦。勝どきをあげた好漢たちが、待ち受けていたのはなんと、朝廷の裏切りだった。大宋国危うし。董平、呼延灼、石秀、楊雄、鮑旭らも義に集い、梁山泊の威勢増す。壮大なスケールで描く水滸伝の“もしも”。独自の物語を呈する初訳『水滸新伝』、いよいよ本領を発揮する。梁山内五虎将、董平の華やかな結婚式花嫁はあの女傑だった。はたまた呼延灼の純愛を綴る斬新なエピソードも満載。全170回、好漢108人と主要人物の小伝つき。
1962年初夏、フランス。長い独立戦争を経て、アルジェリアがフランスから独立しようとしていた。そんな戦いから遠く離れた、南西部の農村地帯の田舎町。高校卒業を目前に空えた、フランソワ、ガールフレンドのマイテ、イタリア系アルジェリア人のセルジュ、アルジェリア育ちのアンリは、それぞれに苦悩を抱え、生き方を探していた。同性への思慕に悩み、自分の若さを持て余し、死への憧れと恐怖におびえ…。そして、それぞれの夏が終わろうとしている。