1996年3月発売
夫が出稼ぎに発った晩から激しくなるばかりのからだのほてり。東北の海辺の町に住む35歳の浜浦登世は、自分でも不可解な性の衝動を抑えきれなくなり、幼なじみの英子に相談を持ちかける。やがて英子は病気で入院し、皮肉なことに登世はその留守中に近づいてきた英子の夫・聖次を受け入れてしまう。ある日、抱擁の現場を息子に覗かれ…。性に翻弄されて狂ってゆく平凡な女の運命。
不倫の場を覗かれた日から、貧しいながらも幸福な家庭に魔の影が忍び寄る。脅迫者に豹変した息子と娘は共謀して登世をゆすりだし、愛人にもやがて捨てられる。流産、結核の兆候、際限なくエスカレートする子らの要求…。追い詰められた登世は、パート先の事務長にからだを買われることに。破滅へと加速度的に転がる坂道。人間の内に潜む性の魔性を照射して新境地を拓いた長編。
電気工の青年が修理に訪れたのは昼休みの風俗店だった。手作りのサンドイッチを俯いて食べていたヘルス嬢に青年は一目見て恋をした。以来、青年は客として彼女を指名するようになるのだが…。アスベストの被害に遭い長くは生きられない電気工と路地裏の風俗店で息を潜めて生きる女。大都会の裏側で蠢く不器用な男女の切なく哀しい恋を紡ぎ出す傑作「一輪」など、中編二編を収録。
ヘイドンのもとに青年時代の父を描いた絵の写真が屈いた。緑の瞳の美女の写真が続き、不審な写真が次々に送られてきた。そして最後にヘイドン自身の写真がー前日に撮られたもので、頭に銃弾を受けた様が書き加えてある。一体誰が、なぜ。一方、私立探偵スウェインの惨殺死体が見つかった。なぜか彼の部屋にはヘイドンの写真が…。秀逸な洞察力と精緻な背景描写の大作。
ホワイトハウスが新たな軍縮政策である『第一段階』を宣言したヴェテランズ・デイ前夜、陽は明日昇るの暗号のもと愛国者たちが行動を起こした。ある者はF-14トムキャットをハイジャックし、ある者は大統領の暗殺を企て、そしてー彼らは何者なのか。真の目的は。核ミサイルの抑止力に依存する軍縮交渉の場を軸に、核による人類の危機をリアルに描く迫真の軍事サスペンス。
愛称ゼーブル(縞馬、おかしな奴)の仕事は公証人。高校の数学の教師のカミーユと結婚して15年、13歳の息子と7歳の娘の父親である。彼は最愛の妻と可愛い子供たちに囲まれて愉快な人生を送ってきた。しかし妻と出会った時のあの愛の刺激を求めていたゼーブルは、愛の倦怠に耐えられなかった。そして、匿名でラヴレターを妻へ送り続けたが。フランスの気鋭が描く永遠の夫の逆転劇。
1940-45年、占領下のパリ、故国と訣別した孤独な異邦人の青春彷徨記ー未曾有の出来事の中で、己の出自への激しい否定の感情と共に文明の凋落と歴史の黄昏を生の根本感情として内面化し、「形而上の流謫者」「世界市民」としての新たな出発を告げる転位の書。
これまでの人生、とりたてて目立ったこともなく、ごく平凡に過ごしてきた榊原功二は受験を控えた高校三年生。夏休みも終った九月、功二は自販機の前で出会った椎名香澄の笑顔にどきりとさせられる。香澄は同学年で美形で目立つ存在だったが、ゲイだといううわさがあった。そんなある日、功二は香澄から部屋に遊びに来ないかと誘われた。そこに香澄のカレ・滝口瞬一郎が現われて-。功二のこころは複雑に揺れる。
会社訪問で訪れた美須法律事務所で、平尾泰司は弁護士の伏見忠昭と出会う。学生でも通りそうな童顔に丸い眼鏡を掛けた彼の笑顔に魅され、平尾は美須に入所する。だが伏見の周辺には常にグループの代表の渡辺がいた。二人が一緒にいるところを見ると決まって胃が痛む平尾。そんなある日、人気のない会議室で渡辺に抱かれる伏見を見てしまう。ふゆの仁子が貴方に贈るオフィスラヴの決定版。
幼くして日光山に入門し、僧侶としての修行を積むも、性の目覚めとともに不邪淫戒を破って破門。山岳修験者として各地を巡るうち忠次と出会う。やがて江戸に出た円蔵は、斎藤弥九郎の練兵館で剣術と四書五経を学び、黒船来航に揺れる時代の風にふれる。一方、忠次は大前田栄五郎の下でヤクザ修行をし、故郷の上州で忠次一家を名乗っていた。幕吏に追われる忠次が籠もる赤城山に立ち寄った円蔵は忠次一家の軍師として迎えられる…。迫り来る新時代の波に押されて幕府は忠次を捕縛、処刑する。円蔵は、その後長崎に出向き、シーボルトに医学を学び、栃木県初の歯科医として明治九年まで貧しい人たちの治療に当たった。『侠客有名鏡』に西の前頭八枚目にランクされた円蔵の知られざる生涯。
「嵐の山荘」に引き寄せられた怪寄な人々。そこで万里が犯したドミノ殺人。だが同時に、万里の親友の園子も、何者かによって殺されていた。園子を殺したのは、万里が殺した6人のうちの誰かのはず。複雑に絡み合った殺意の糸を解き明かし、自分が犯した罪もその犯人に着せるべく、万里の必死の推理が始まった。
強引な捜査と拷問による犯人デッチ上げで、江戸庶民の怨嗟を集める火付盗賊改役の藤掛伊織。彼は寺社奉行から若年寄への出世コースを目論んでいた。この藤掛に対し、浪人で伊達者を気取る風流人の土岐綾部は、身近に火盗改による冤罪人が出るに及び対決することに…。吉原炎上の陰謀を暴くべく、綾部の極真一刀流が舞う。
ポツダム宣言諾否の協議が白熱化している最中、ウルシー環礁の米艦隊攻撃に向かったイ400とイ401の二隻の大型潜水艦。この二隻は大本営海軍部からの作戦中止命令を無視して航行を続けていた。海軍大臣・米内光政は停戦派の指導者として、この行動に対し、第5航空艦隊司令長官の宇垣中将に、イ400とイ401両潜水艦の捕捉撃沈を命じた。急拠、出撃する空母=鳳翔・葛城、重巡=妙高他5隻の艦隊。自軍への攻撃に悩む宇垣の心中で決断した最後の聖戦とは…。
四国の松山に赴任した青年教師の社会の不正に対する痛快な反抗精神を描く『坊っちゃん』。恋愛のために親友を裏切り自殺へと追い込んだ罪の意識から、自らも死を選ぶある人の生涯を描き、孤独な近代人の苦悩を超え、新しい時代に生きる決意を示した『こころ』。夏目漱石の二大作品を収めた21世紀への日本の遺産。
太平洋戦線で苦境に立たされた日本は、日米戦の命運を賭けて、密かに建造していた巨大な戦艦空母摩利支天を投入した。起死回生の秘密兵器は、台湾沖でハルゼー艦隊に打撃を与えると、比島奪還を目論むマッカーサーの大上陸軍を撃破した。敗色濃厚であった日本は、恐るべき戦艦空母の破壊力によって活路を見いだせるのか。次なる目標はミンダナオ島、摩利支天はハルゼー艦隊追撃に向かった。
武帝、栄光と悲劇の皇帝-君臨五十四年、中国史上に最も輝かしい黄金時代を築く。宿敵匈奴の征討、儒教の国教化、官僚機構の整備、司馬遷も『史記』をこの期に編む。その栄華を翳らせた王者の疑心暗鬼、父子相撃って最愛の皇太子までも失う。悲哀の底に転落しながら「天は帝王にも禍福を公平に与奪する」と、微笑さえ遺して逝った前漢の覇者の物語。
神代から秦始皇帝の統一へ、主な登場人物を透かしてみる生きた中国思想史…人々の知恵と行動は、永い歳月に育まれ、やがて大きな思想の流れを形成する。その原点ともいうべき、五十人の珠玉の故事譚…現代中国のものの考え方の基礎がここに潜んでいる。
性の誘惑と不可思議な夜のなかで悲劇は起った。TVディレクター伊沢の親友・村瀬が射殺されたのだ。忿怒に駆られ犯人を追う伊沢は、ルポライターだった村瀬が探っていた恐るべき事件に巻き込まれ…。欲望に痺れた非情な男たちが蠢く、手に汗握る危険な遊戯。