著者 : 原田宗典
「おれはもうおじさんではなく、おじいさんだ」--様々な思いをおきざりにして生きてきた長坂誠、65歳。その運命の歯車が或る姉弟との出会いから動き出す。おきざりにされた者など、いない。生きていくかぎり、ささやかでも希望が生まれ、その旅は続いてゆくから。吉田拓郎の名曲にのせて贈る、昭和の香り漂う令和の物語。
シティポップが生まれた80年代。同時代の日本の「文学」は何をしていたのだろう?世界のファンのSNSが甦らせたポップ音楽の背後には、同じ時代状況から生まれ、同様に日本オリジナルの発展を遂げた、都会文学の世界が隠されていた。それは現実の都市生活をベースにしながらも、フィクションのヴェールを1枚かけて理想化された、作家たちの“夢”の中の「街」、「どこにもない」場所を架構する文学だった。本書に収めた“9つの物語”は「シティポップの時代」を並走した、そんな日本の忘れられた都会小説。そこには今も優しい風が吹いている。
まともなつもりで正気をなくした20世紀末の日本で人間のクズを自認するおれと桁はずれに純粋な盲目の青年〆太は本物の友情で結ばれる。究極の遊び人にしておれの麻薬の師匠の西田さんやおれの中学時代の女神にして性交をライフワークと心得る金田香との型破りな交歓の果て〆太とおれはある邪悪な陰謀に挑むことに…。構想20年。己れが己れであることをめぐる冒険。
メメント・モリ、死を想え。生からの一瞬の暗転である、静かに確固たる死を。夢想だにしなかった出来事の連続である、かくも恥多き人生のただ中で…。著者10年ぶりの復活を明かして、異彩を放つ長篇小説。
さて大陸のまんなかに、うす紫の湖があって、そのほとりには一輪、見たことも聞いたこともない花が、恥かしそうに控え目にこっそり咲いておりました。「醜い花」というのがその花に冠せられた名前でしたー。
いつもと同じはずなのに、何かがしっくりこない。テーブルの角が見つめている。部屋に穴があいている。何かがおかしい。この前買ってきたアンティークの鏡台が?祖父が?彼女が?それとも僕自身がー?日常にひそむ些細なずれが、人を恐怖に、あるいは不可思議な世界へと招き入れる。原田宗典が想像力の限界に挑み、現実と虚無の間にひそむ異空間を描いた奇妙な短篇集。
横断歩道に落ちていたミョウガ、消えたカミソリの刃、失われた指先、かんぬきを掛ける男。何でもない日常の事物にふと目をとめると、そこから世界は変容し始める。そんな違和感を描いた表題作「あるべき場所」。友人がタイから持ち帰ったいわくつきのナイフ。それを手にした者は誰を殺すのか。人間の心理に潜む恐怖をえぐる「飢えたナイフ」など、奇妙な味わいの5編を収めた短編集。
僕は今十九歳で、あと数週間で二十歳になるー。父が借金を作った。ガールフレンドにはフラれた。せめて帰省の電車賃だけでも稼ごうとバイトを探したが、見つかったのはエロ本専門の出版社だった。岡山から東京に出てきて暮らす大学生、山崎の十代最後の夏は実にさえない夏だった。大人の入口で父の挫折を目にし、とまどう青年の宙ぶらりんで曖昧な時を描く青春小説。
ぼくの体に、何かとんでもない変化が起きている。東京全都を嘔吐させるような異臭がぼくの体から漂い始めた。原因はわからない。気弱なぼくを信じてくれる人はたった1人。コンピュータを自在に操る天才少年たちも仲間だ。八方ふさがりの迷路の中で、今、ぼくのとてつもない青春の冒険が拳をふり上げる。
ぼくの名前はショウジショウイチ。劇団二十一世紀少年の奴隷だ。奴隷というのは、劇団の中でも最下層の役者を指す。その呼び名の通り、先輩の役者にドヤされてこき使われ、しかも公演の時は端役どころか装置の転換くらいしかやらせてもらえない…。劇団の中に生きる奇妙で哀しい人々の姿をやさしく描く。
もしかしたらそれは、言語にはならない。身振り手振りでも、伝わらない。笑うのとも、泣くのとも違う。どんなことをしても、何かが足りない。けれど胸につのるばかりのものを、そっと集めた短編集。
男は、いけない。女もいけない。いけない二人が一諸にいるから、なおいけない。けれど一人じゃいられない。答えは出ないと知りながら、次から次へと問題提起。重なったり、離れたり。擦れ違ったり、傷つけたり。危うい男と女の関係を縒り合わせて編んだ、問題の多い六つの中短編。原田宗典の第一作品集。
彼女と一緒に犬探しに没頭した二日間、ぼくは自分の部屋へも戻らなかったかし、酒も飲まなかった。生活がいつもの単調さを失ったおかげで、アルコールの助けを借りなくても眠れたのだ。たった一晩の禁酒で、ぼくの体は見違えるように軽くなった。いつもの朝、起き抜けに胃の腑から背中にべったりと張りついている泥。その汚れた重みが、ぱさぱさに乾いて剥げ落ちたような感じだった。ところが実際にはぼくの体はひどく病んでいたのだ。本人であるぼくですら分からなかったのだが。もちろんマリノレイコも、ぼくの体の異常には気付かなかった。知っていたのは、犬だけだったのだ…。