1993年8月発売
「あす、きみとお別れしなければならなくなりました」死刑囚楠本他家雄は、四十歳の誕生日を目前にしたある朝、所長から刑の執行宣告を受ける。最後の夜、彼は祈り、母と恋人へ手紙を書く。死を受容する平安を得て、彼は翌朝、刑場に立つ…。想像を絶する死刑囚の心理と生活を描き、死に直面した人間はいかに生きるか、人間は結局何によって生きるのかを問いかける。
工場汚水から発生するガスでひとりの子供が中毒死し、母親も後追い自殺を遂げた。直後、工場長が殺され、愛する妻子を失った芭蕉研究家の大学講師三浦八郎が、犯行を告白する遺書を残して死亡した…。三浦の死で事件は終息するかに見えたが、驚くべきことに、彼には鉄壁のアリバイがあった。公害問題と芭蕉忍者説を作中に盛り込んだ著者の代表作。
旧式の双発プロペラ機ダグラスDC-3で運び屋をする退役自衛官・北一馬。カサブランカを根城にする彼に破格の仕事が持ち込まれたー。アフリカ大陸を極秘裡に縦断し、ある人物を内戦に燃えるジンバブエまで運ぶ北は、愛機を駆って大空へ舞い上がる。各国謀報機関と謎の組識の巨大ダイヤモンド争奪戦に巻き込まれた男の、誇り高く、胸熱き死闘。
オーディションの難関を乗り越え、中央テレビの連続ドラマ『青春ストーリー』のヒロインに抜摺された鏡桐子ー。大成功に終ったドラマ出演のあとは、新人歌手として幸運なデビューを果たす。プレーボーイ・タレント、田島行彦との恋も桐子を夢中にさせるが、彼女の知らないところで、みにくい陰謀が次々に起きてくる。桐子ははたして、スターの階段を昇りきることができるのだろうか。芸能界の真実を描ききった異色小説。
省治は、時代の要請や陸軍将校の従兄への憧れなどから百人に一人の難関を突破し陸軍幼年学校へ入学する。日々繰返される過酷な修練に耐え、皇国の不滅を信じ鉄壁の軍国思想を培うが、敗戦。〈聖戦〉を信じた心は引裂かれ玉音放送を否定、大混乱の只中で〈義〉に殉じ自決。戦時下の特異な青春の苦悩を鮮烈に描いた力作長篇。谷崎潤一郎賞受賞。
息子を呼びもどしてほしいという、富豪グリーンリーフの頼みを引き受け、トム・リプリーはイタリアへと旅立った。息子のディッキーに羨望と友情という二つの交錯する感情を抱きながら、トムはまばゆい地中海の陽の光の中で完全犯罪を計画するが…。精致で冷徹な心理描写により、映画『太陽がいっぱい』の感動が蘇るハイスミスの出世作。
南フランスのシャトーホテルで結婚式を挙げようと旅立った2人を襲う惨劇。ウェディングドレス姿の女が、衆人環視の塔の5階から炎に包まれて落下、続いて起きる密室殺人。持ち主が変死したばかりの古城が、さらなる犠牲者を必要とするのか。リアリティ溢れる人間描写と本格推理の醍醐味が見事に結合。
歪んだ館が聳え、たえず地が揺れ、20年前に死んだはずの女性の影がすべてを支配する不思議な島「和音島」。真夏に雪が降りつもった朝、島の主の首なし死体が断崖に建つテラスに発見された。だが殺人者の足跡はない。ラストで登場するメルカトル鮎の一言が齎す畏怖と感動。ミステリに新次元を拓く奇蹟の書。
野尻湖畔に屹立する修道院の塔上に発生した、二つの密室殺人。咲き乱れる満開の桜の枝に、裸で逆さ吊りにされた神父の首なし死体。不可解な暗号文。ヨハネ黙示録に見立てた連続殺人。名探偵・二階堂蘭子が超絶推理の果てに探りあてた、地下迷路の奥深くに埋もれた文書庫。ついに暴かれる禁断の真実とは。
竹本健治の連載ミステリに、ひそかに忍び込む残虐非道な殺人鬼の手記。連載が回を重ねるにつれ、虚構と現実は、妖しくも過激に昏迷の度を深める。竹本健治、綾辻行人、友成純一、新保博久、島田荘司…。ミステリ界を彩る豪華キャストが実名で登場、迷宮譚に花を添える。『匣の中の失楽』と並び賞される傑作。
勤王攘夷に揺れる幕末京の町で、土佐勤王攘夷派の首領・武市半平太を慕い、勤王の敵であると言われれば何のためらいもなく殺人剣を振い“人斬り以蔵”と怖れられた男。激動する日本の波に揉まれながらも、志士たちとは異質の生涯を終えた暗殺者。人斬りは正義であり天誅だとひたすら信じ、罪悪感も私利私欲もなく四十数人を斬った以蔵の非情な剣が京に舞う。
若き中上健次が、根の国・熊野の、闇と光、夢と現、死と生、聖と賎のはざまで漂泊する、若き囚われの魂の行脚を、多層の鮮烈なイメージに捉えようとして懸命に疾走する。“物語”回復という大きなテーマに敢えて挑戦する力業。短篇連作『熊野集』、秀作『枯木灘』に繋ぐ、清新な十五の力篇。
リィアン皇室を滅ぼしたザーン皇室の背後には、四百年の時を越えて甦った伝説の黒魔道術士オーガスタ・ディーと彼が操る魔族の存在があった。乱を呼ぶ“蛍星”の運命を知りながら、シェスタは彼らの野望との対決を決意する。そんなとき、奴隷商人に追われる少女アージュラを助け、彼女の話から、砂の荒野「大砂地」の奥に失われた「土の神霊」に仕えた聖者の子孫が暮らしていることを知る。早速、リヤド達とともに「大砂地」へと向かうシェスタだったが、彼女を狙うオーガスタの魔手が…。
中国奥地を旅する日本人商社マンが、桃源郷の名をもつ村に迷い込んだ。そこで彼は、村の名前からは想像もつかない奇怪な出来事にであった。謎の溺死体、犬肉を食らう饗宴…。桃花の薫りがする女に導かれるように村の秘密へと近づき、ついに彼が見た真の村の姿とは。話題の芥川賞受賞作と他一篇を収録。
ドライビング・ハイとは、ある一瞬、「スピード」という存在を、征した者のみが出会える、不思議で、劇的な感覚。映画「ドライビング・ハイ!」原作、女騒ぎのN1耐久レース小説。
1945年4月30日、ヒトラーは自殺し、ナチス・ドイツは崩壊。数日後、デーニッツの命を受けて一隻のUボートがひそかにブレーマハーフェンを出ていく。謎の男と積荷を載せて。1990年夏、クレタ海。嵐がすぎた海をただよっている小舟に、漁師の死体があった。その手が握っていたのは騎士十字勲章。死体の陰に隠れていたのは、見まがいようもなく、金塊。3ヵ月後のエーゲ海。トルコ領の離れ小島の重罪犯監獄で、元イギリス海兵隊コマンド隊員マイケル・ローガンが呻吟している。麻薬組織の罠にかかり、20年の長期刑をくらったのだ。その日は重労働の屋外作業。突然、沖合から高速艇が突進してきて、ウェット・スーツの男がさけんだ。“早くこい、ローガン。ハリーだ!”男は昔の密輸仲間のハリー・ドナバンだった。行方不明のUボートをさがしている、金塊を積んでいるはずだ、宝さがしに手を貸せ、と言う。