著者 : 加賀乙彦
「死刑の意味」を問う死刑囚の赤裸々な実態 殺人犯を意味する収容番号末尾ゼロの「ゼロ番囚」たちは、拘置所二階の特別頑丈な独居房に収容されている。T大卒の楠本他家雄は、いつくるか分からない“お迎え”に常時怯えていた。 女を崖から突き落とした砂田や一家四人を惨殺した大田なども同様に死者の部屋で怯え暮らしている。他家雄の奇妙な墜落感を丹念に診る若い医官で精神医の近木のあまりに生々しい接見記録と、生と死の極限で苦悩する死刑確定囚たちの拘禁ノイローゼの実態や日々の会話を克明に描いた類のない傑作。 第11回日本文学大賞受賞作で全三巻。
死刑執行をひた待つ青年の“苦悩する魂” 楠本他家雄は良家に生まれ頭脳明晰でT大を卒業したにも拘わらず、無為放蕩な生活をくり返し、新橋にある「トロイメライ」というバーで証券会社の外交員を絞殺する。 強盗殺人罪で逮捕され、一審の死刑判決を控訴せず刑は確定。だが他家雄は拘置所に入ってからカトリックに回心し、彼の手記に心を動かされた心理学専攻の女子学生・玉置恵津子と文通を始める。 死刑囚として淡々と暮らす折り、連続女性暴行殺人犯の砂田市松の死刑が執行される。じわじわと迫り来る死を待つ恐怖におののく青年の魂の懊悩を描く、全3巻の中巻。
死刑執行の朝を迎えた青年の魂の叫びと軌跡 楠本他家雄が入獄して16年目、ついに“お迎え”の日がやってくる。拘置所の若い医官で精神医・近木は、刑執行現場への同行許諾を得る。 その日の朝、心のなかに喜びが立ち昇るのを感じた他家雄は、1年間文通を続けた女子学生・玉置恵津子に最後の手紙を書く。「きみのおかげでぼくの死は豊かになりました。ありがとう。そして、さようなら」。 精神科医として東京拘置所医務部技官を務めた筆者にしか描けない、青年死刑囚の衝撃的な死刑執行現場の全行程。全3巻完結編。復刊にあたり、著者による新たなあとがきを収録。
本能寺の変と明智討伐。禁教令を布く秀吉への高槻城開城。前田家に身を寄せた後、家康からの国外追放。戦国の世に<清廉にして智の人>として刻まれるキリシタン大名・高山右近。すべてを捨て、信仰を貫いたその生涯を渾身の筆致で描く。カトリック教会「福者」に列福した殉教者の揺るがざる魂とは。*「福者」 死後、徳と聖性を認められた信者に、カトリック教会より与えられる称号。 本能寺の変と明智討伐。禁教令を布く秀吉への高槻城開城。前田家に身を寄せた後、家康からの国外追放。戦国の世に<清廉にして智の人>として刻まれるキリシタン大名・高山右近。すべてを捨て、信仰を貫いたその生涯を渾身の筆致で描く。カトリック教会「福者」に列福した殉教者の揺るがざる魂とは。 *「福者」 死後、徳と聖性を認められた信者に、カトリック教会より与えられる称号。 さい果ての島国より 降誕祭 豪姫 悲しみのサンタ・マリア 金沢城 雪の北陸路 英雄たちの夢 湖畔の春 花の西国路 長崎の聖体行列 キリシタン墓地 遣欧使節 追放船 迫害 城壁都市 南海の落日 遺書
信じるもののため、不可能を超えた日本人がいたーー。キリシタン迫害の嵐が迫る江戸初期、徒歩と海路で5万3000キロを旅して聖地エルサレムに到達、ローマ法王に認められたペトロ・岐部・カスイは、死の危険を知りながら帰国し殉教した。苛烈な信仰に生きた男の生涯が荒廃した現代を照らす、著者渾身の書下ろし長篇小説。 1614年、2代将軍徳川秀忠がキリシタン禁教令を発布した。キリシタンへの迫害、拷問、殺戮が頻発し、岐部は殉教者の記録を集める。翌年、28歳の岐部はエスパニア人修道士と共に長崎から船出、40日の航海の後にマニラ港に着く。そこで入手した地図には、双六のように、マニラを振り出しに、マカオ、マラッカ、コーチン、ゴア、ポルトガルの要塞のあるホルムズ島、さらにペルシャ砂漠、シリア砂漠、遂にはエルサレムに到達する道筋がこまかく描かれていた。岐部は自らの信仰を強くすることと、イエスの苦難を追体験することを思い、胸を躍らせた。 ペトロ岐部は1587年に豊後の国東半島で生まれ、熱心なキリシタンの父母の元で育つ。13歳の時に一家は長崎に移り、岐部はセミナリオに入学を許される。ここでラテン語を習得し、聖地エルサレムと大都ローマを訪れることを強く決意する。 次に訪れたマカオでは差別に耐えながら志を貫き、何とか旅費を工面して、ミゲルと小西という二人の日本人とともに海路、インドのゴアに向かう。ゴアからローマに向かう船に乗る二人と別れた岐部は、水夫として働きながらホルムズ島に向い、そこからは駱駝の隊商で働き砂漠を通ってエルサレムを目指す。 1619年、岐部はついに聖地エルサレムの地を踏む。そこから徒歩で、イスタンブール、ベオグラード、ザグレブを経て、ヴェネツィアに。祖国を出て5年、岐部はついにローマにたどり着いた。海路で1万4500キロ、徒歩で3万8000キロ。乞食のような身なりの岐部に施しをしようとした神父が、流暢なラテン語で話す岐部に驚き、イエズス会の宿泊所に案内される。そこで岐部は、4日間にわたる試験を受け合格、イエズス会への入会を許された。 ローマとリスボンで2年間の修練を経て、帰国の許可を得た岐部は、キリシタン弾圧の荒れ狂う日本に向けて殉教の旅路についた。 信仰に生きた男の苛酷な生涯が荒廃した現代を照らす、著者渾身の書下ろし長篇小説。
大長編『戦争と平和』を抄訳と加賀乙彦のダイジェスト、合わせて約300Pに集約! ほか『ハジ・ムラート』など、ロシアの文豪トルストイの初期から最晩年までの作品を新訳で紹介。(解説/加賀乙彦) 加賀乙彦=編 編集協力=乗松亨平 【収録内容】 戦争と平和(ダイジェストと抄訳) 五月のセヴァストーポリ 吹雪 イワンのばか セルギー神父 ハジ・ムラート 舞踏会の後で 壺のアリョーシャ 解説 加賀乙彦 作品解題 乗松亨平/覚張シルビア/中村唯史 トルストイ著作・文献案内 トルストイ年譜 【著者について】 トルストイ,レフ・ニコラエヴィチ 1828.8.28(新暦9.9)-1910.11.7(新暦11.20)。ロシアの小説家。モスクワ南方のトゥーラ県ヤースナヤ・ポリャーナで名門伯爵家の四男として生まれる。作家活動のかたわら、領地の農村改革や農民教育に力を注ぎ、後半生には宗教・社会思想家として活躍。 加賀乙彦(かが・おとひこ) 1929年東京生まれ。小説家・精神科医。東京大学医学部卒業後、東京拘置所医務部技官となり、死刑囚や無期囚に数多く面接する。その後、フランスへ留学し、彼の地の精神科病院に勤務。帰国後、初の長編『フランドルの冬』(筑摩書房)を発表し、芸術選奨文部大臣新人賞を受賞。以後、精神科医と小説家として活躍。主な著書に、『帰らざる夏』(講談社、谷崎潤一郎賞)『宣告』(新潮社、日本文学大賞)『湿原』(朝日新聞社、大佛次郎賞)『永遠の都』(新潮社、芸術選奨文部大臣賞)『雲の都』(新潮社、毎日出版文化賞特別賞)ほか。 乗松亨平(のりまつ・きょうへい) 1975年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科満期退学、博士(文学)。専門は近代ロシア文学・思想。現在、東京大学大学院総合文化研究科准教授。著書に『リアリズムの条件─ロシア近代文学の成立と植民地表象』(水声社)『ロシアあるいは対立の亡霊─「第二世界」のポストモダン』(講談社選書メチエ)、訳書にトルストイ『コサック─1852年のコーカサス物語』(光文社古典新訳文庫)など。
悠太は幼いころから憧れていた千束と結婚、かねての念願だった作家としてのデビューを果たす。その一方で、父、母があいついで亡くなり、さらに桜子の息子武太郎が自らの出自に疑念を抱いて自殺する…。激動の七〇、八〇年代が描かれる自伝的大河小説シリーズ第四部。
悠太もいまや六十代半ば、娘・夏香は父親が神戸で町工場を経営する青年と結婚し、息子の悠助もプロのピアニストを目指し始める。ところが、阪神大震災と地下鉄サリン事件が二人の運命を大きく変える…。昭和初期から世紀末までの波乱の時代と一族の歴史を描く渾身の自伝的大河小説完結編。
大学紛争が激化した一九六〇年代の終り、謎多き人生を過ごしてきた自動車整備工・雪森厚夫は、スケート場で出会った女子大生・池端和香子に恋心を抱く。T大紛争を巡る混乱の中で、心病む和香子は闘争の有効性に疑問を持ちながら、Y講堂にも出入りする。急接近した二人は六九年二月、冬の北海道への初の旅に出た。帰京した二人は、新幹線爆破事件の容疑者として逮捕される。予期せぬ罠にはめられた二人の孤独な闘いが始まる。
第一審で死刑と無期懲役の判決を受けた二人にとって、冤罪の汚名を雪ぐことは決して容易ではない。しかし青年弁護士阿久津は献身的な弁護活動で、二人のアリバイを立証しようとする。厚夫は、未決の死刑囚として拘置所で日々を過ごす。人生の長き時を閉ざされた監獄の中で過ごした意味とは何だったのか。厚夫は我が罪を問い続ける。そして二審判決はー。人間にとって魂の救済と愛の意味を問い続ける感動の長編小説。
インド、ゴアに過ごすフランシスコ・ザビエル。彼の最後の願いは、中国への布教を行うことだった。しかし、その前には幾多の試練が立ちはだかる-。中国大陸を目前に、サンチェン島で没したザビエルを、アントニオ、フェレイラ、そして日本に残してきた弟子・アンジロウとともに描いていく。聖ザビエル、その人の姿がもっともよくあらわれているといわれる晩年に焦点をあて、死者が生者と対話をする「夢幻能」の手法で書かれた新しい小説。
主人公・小谷四太郎は六次郎、八三郎、十二四郎という男ばかりの四人兄弟の長兄。明治生まれの両親の死後、兄弟たちそれぞれの家庭に数々の問題が起こった。それは他人から見ると一見平凡で、どこの家庭でも起こりうるような出来事だが、当の家族にとってはとてつもなく大きい。そんなある日、四太郎は重大な決心をした…。生きがいのある老年の物語。
幸せな花見の後、天木家を不幸が襲った。主の有作が交通事故で脳死となったのである。精神科教授であり、敬虔なクリスチャンであった彼は、死後の臓器の提供を書き残していた。妻の蝶子は遺志を継ぎ、胸部外科蒲生助教授に申し出た。覚悟を決めた蒲生は、瀕死の心臓病患者に、密かに移植手術を行った。
手術は成功し、重症者を蘇生させたが、蒲生と蝶子は、厳しい闘いに直面した。移植反対派の抗議、マスコミの取材、身内の反目等が渦を巻き、「死」の認定をめぐって緊迫する。-脳死を死と認める立場から、死者の贈り物が他の人を生かし続けて、切実な共生の喜びとなる様を描く、愛と救済の長編小説。
省治は、時代の要請や陸軍将校の従兄への憧れなどから100人に1人の難関を突破し陸軍幼年学校へ入学する。日々繰返される過酷な修練に耐え、皇国の不滅を信じ、鉄壁の軍国思想を培うが、敗戦。〈聖戦〉を信じた心は引裂かれ玉音放送を否定、大混乱の只中で〈義〉に殉じ自決。戦時下の特異な青春の苦悩を鮮烈に描いた力作長篇。谷崎潤一郎賞受賞。