著者 : 辻邦生
かつての恋人を自殺に追いやってしまった罪の思いを一身に背負い、北海道の寒村で禁欲生活を続けていた矢口忍。だが、友人の誘いで赴いたシリアで、生と死が隣り合わせの砂漠の生活や、砂に埋もれそうになってもなお輝きを放つ遺跡を目の当たりにし、「生きる」ことの意味を捉え直そうとしていた。そんなとき、矢口はフランスの発掘隊に参加していた日本人女性、鬼塚しのぶと出会う。どことなくかつての恋人を彷彿とさせる彼女には、ある秘密があったー。1976〜77年に「毎日新聞」に連載された、「愛とは何か」「生きるとは何か」を鋭く、深く問う傑作長編小説の下巻。
東京郊外で大学講師を務める矢口忍。その聴講生・卜部すえの、誠実で奥ゆかしく、はかなげなところに惹かれ恋仲になるが、すえとはまったく違うタイプの女性に心を奪われ、結婚してしまう。すえの「最後に、もう一度会いたい」という願いをにべもなく断った直後、すえが自殺ー。以来、矢口は北海道の寒村で中学校の教師になり、自分を罰するためにひたすら禁欲的な生活をしていた。しかし、友人の誘いで出掛けたシリアへの旅をきっかけに、矢口の心に変化が生まれ、止まっていた時間が少しずつ動き出すー。1976〜77年に「毎日新聞」に連載された、「愛とは何か」を鋭く、深く問う傑作長編小説の上巻。
輝かしい戦績を挙げ、ガリア軍を率い首都を目指すユリアヌスに、コンスタンティウス帝崩御の報が届く。ついに皇帝に即位した彼は宮廷政治の改革に果敢に着手。そして、ペルシア軍討伐のため、自ら遠征に出るが…。歴史小説の金字塔、堂々完結!巻末付録・対談・北杜夫・辻邦生。
今日の決戦こそが諸君の名をローマ戦史のなかに不朽のものにするだろうー皇妹を妃とし、副帝としてガリア統治を任ぜられたユリアヌス。普遍の真理を地上に顕然とさせんとする真摯な彼の姿は、兵士たちの心を打ち、ついにゲルマン人の侵攻を退ける!巻末付録・『背教者ユリアヌス』歴史紀行。
皇族であることを知られたのちも、変わらぬ学友や軽業師ディアたちと平穏な日々を過ごすユリアヌス。だが、副帝となった兄ガルスの謀反の疑いから、宮廷に召喚され、裁かれることに…。そこで出会った皇后に女神アテナや母の面影を見出すのだった。
大帝の甥として生まれるも、勢力拡大を狙うキリスト教一派の陰謀に父を殺害され、幽閉生活を送るユリアヌス。哲学者の塾で学ぶことを許され、友を得、生きる喜びを見出す彼に、運命は容赦なく立ちはだかる。毎日芸術賞受賞の壮大な歴史ロマン開幕!全四巻。
海を愛する若者が生の歓びを求め、ブリガンティン型帆船“大いな眞晝”号に乗り込んで船出をする。「無一物主義」という哲学思想をもつベルナールを船長に、フランソワ、ターナー、ケイン、女性のファビアン、そして日本人の私など11人のクルーは、ヨーロッパから日本を経由して、一路、太平洋へと航海を続ける。やがて、南太平洋に入ると、荒れ狂う颶風圏に突入していく中、嵐のさなかに恐るべき事件が起きてしまう。帆船の船内は、さながら芝居の劇場のように複雑な人間関係が入り組んで、それは悲劇への序章にふさわしい舞台だった。辻作品らしい“詩とロマンの薫り”に満ち溢れた長編小説。
夢中で読んできた小説家や詩人の生きた時に分け入り、その一人一人の心を創作へと突き動かし、ときに重苦しい沈黙を余儀なくさせてきた思いの根源に迫る十二の物語。それは“黄金の時刻”である現在を生きる喜びを喚起し、あるいは冥府へと下降していく作家の姿を描き出す。永遠の美の探求者が研き上げた典雅な文体で紡ぎ出す、瑞々しい詩情のほとばしる傑作小説集。
織物工芸に打ち込み、一枚のタピスリに魅惑されてヨーロッパに留学した支倉冬子は、ある夏の日、北欧の孤島に、ヨット旅行に出かけたまま突然消息を絶ってしまう。彼女が残した手記を辿りながら、荒涼たる孤独の中、日本と西欧、過去と現在、過酷な現実と美的世界を行きつ戻りつ、生と死と愛の不安を極限まで掘り下げた清冽な作品。辻邦生の“死生観”が見事に結実した、著者の原点ともいえる金字塔的作品。創作ノート抄を併録。
「虚飾を焼け、虚栄を打て」メディチ家を糾弾する修道士サヴォナローラの舌鋒にフィオレンツァ市民は次第に酔いしれ、熱狂していくのだった。盛りを過ぎた大輪の花が散り急ぐかのように花の都の春が終わりを迎えるのをひしひしと感じる「私」だがーボッティチェルリの生涯とルネサンスの春を描いた長篇歴史ロマン堂々完結。
美しきシモネッタの死から一年、反目を強めていくいっぽうのパッツィ家とメディチ家。ついに復活祭のミサの席上、襲撃されジュリアーノが命を落とす。血で血を洗う抗争を冷徹にも思える目で見つめ、描き続けるボッティチェルリに驚く「私」-そして、傑作「ヴィーナスの誕生」が完成したのだった。
限りある生を惜しみ、その“永遠の姿”を地上にとどめようと描き続けるボッティチェルリだが、あるがままに描くという時代の流行との差異に苦悩する日々が続いていた。そんなある日、ジュリアーノ・デ・メディチの禁じられた恋人、美しきシモネッタに捧げられた壮麗な騎馬祭がフィオレンツァ全市を挙げて催される。
花も鳥も風も月もー森羅万象が、お慕いしてやまぬ女院のお姿。なればこそ北面の勤めも捨て、浮島の俗世を出離した。笑む花を、歌う鳥を、物ぐるおしさもろともに、ひしと心に抱かんがために…。高貴なる世界に吹きかよう乱気流のさなか、権能・武力の現実とせめぎ合う“美”に身を置き通した行動の歌人。流麗雄偉なその生涯を、多彩な音色で唱いあげる交響絵巻。谷崎潤一郎賞受賞。
難民の少女が希望のしるしとしたライラック、放浪癖の兄が好きだった向日葵、明治維新で自害した女の前で咲き乱れていた萩…。山本容子の銅版画をカラーで収録した文学と絵画が深く共鳴し合う小説の宝石箱。
われわれが知っているのは、実のところ、都会のアブサンだけである。酒場の、詩人たちの緑の妖精…田舎のアブサンについて、潅木林に存在したという製造所について、何を知っているというのだろうか。1915年春、ジョゼが姿を消したとき、丘全体に沈黙が拡がった。アブサンは忘れられてしまった…だが、9歳の少年が、この酒の驚くべき力を見つめていた。
〈嵯峨本〉は、開版者角倉素庵の創意により、琳派の能書家本阿弥光悦と名高い絵師俵屋宗達の工夫が凝らされた、わが国の書巻史上燦然と輝く豪華本である。17世紀、豊臣氏の壊滅から徳川幕府が政権をかためる慶長・元和の時代。変転きわまりない戦国の世の対極として、永遠の美を求めて〈嵯峨本〉作成にかけた光悦・宗達・素庵の献身と情熱と執念。芸術の永遠性を描く、壮大な歴史長篇。
横町の奥の崖下にある暗い家で世間に背をむけてひっそりと生きる宗助と御米。「彼らは自業自得で、彼らの未来を塗抹した」が、一度犯した罪はどこまでも追って来る。彼らをおそう「運命の力」が徹底した映像=言語で描かれる。